鋼の錬金術師テキストブログ。所謂「女性向け」という言葉をご存じない方、嫌悪感を持たれる方はご遠慮ください。現状ほぼ休止中。
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「いいことを思いついた」
ぼんやりと窓辺で何をしているのかと思えば、突然振り返ったマスタングに、ハボックは視線だけで問い返した。
「月を飼うんだ」
「……また何言い出したんですかあんた」
しかもこんな真夜中に。
しんと静まり返った夜更けに、柔らかな月明かりは、カーテンも閉めていない窓に遮られることなく部屋の中に注いで、彼によって細く開けられた隙間からはさらりと乾いた夜風が運び込まれてくる。春先とはいえ、まだその風は冷たい。
ハボックはベッドから抜け出ると、シーツに包まって再びぼうっと窓の外を見るマスタングの傍らに立って、ひっそりとした街並みとそれを照らし出す光を見上げた。
「月を?」
「ああ」
「あんなに遠いのに?」
「つかまえるんだ」
どこか幼い口調で言い切った彼は、凡人には理解できない全てを知りえた科学者のようでもあり、何も知らない無垢な子どものようでもあった。
「ほら、おまえが出してきた水槽があっただろう。あれがいる」
「……ああ、今日の」
正確には、もう昨日だろうか。
昼間、マスタングの自宅の大掃除をしていたハボックが洗面台の奥から水槽を見つけたのだ。
何故そんなものがあるのか家主と一緒に首を捻ったが、何かに使えるかもしれないと綺麗に洗って、今はリビングの棚の上に置かれているはずだった。
こうなったら何をどう言おうと譲らない恋人の性格を熟知しているハボックは、黙ってベッドサイドにおいてある煙草から一本取り出してくわえると、彼の要求を満たすために部屋を出ていく。
その後姿を、水も入れてこいよ、という静かな声が追った。
さほど大きくない水槽に水を入れて言われたとおりに窓辺に置くと、それを覗いた彼は満足げに笑った。
「で、これをどうするんです?」
「よく見ろ」
水槽の水は春の夜の闇をうつしこんでゆらゆらと揺れている。
そこに、右上が少し欠けた白い月が浮かんでいた。
つかまえた、と小さくつぶやく声が耳に届く。
「ほら、こうしたら手が届くだろう?」
そういいながらも彼が手を伸ばしてそれに触れようとすることはない。
届かぬ、触れられぬと分かっているものに手を伸ばし、水面に浮かぶ仮初の映し身を捕らえて微笑む彼は、奥底では何を思っているのだろうか。
ふと、捕らえられた月から視線を逸らすと、漆黒に濡れた瞳がこちらを見ていた。
それはどこまでも吸い込まれそうな星空のようでもあり、全てを拒絶しながら受けいれる闇夜のようでもあった。
どこか透徹としたまなざしだった。
途端に沸きあがってきた衝動のまま、惹かれてやまないその人に手を伸ばすと意外にも大人しく腕におさまってくれる。
そのままさらに抱き寄せ口づけようとした瞬間、水槽とその闇に映る光がハボックの視界をよぎった。
――あんたの心も、ああやってつかまえられたらいいのに。
天上に浮かぶ冴えた光を地上に留め置いていられるのは、朝が来るまでの僅かな時間だけだと分かっているけれど。
***************************
ポルノの「月飼い」をきっかけに
title:星が水没さまの五題より
10/01/20(10/02/04一部修正)
ぼんやりと窓辺で何をしているのかと思えば、突然振り返ったマスタングに、ハボックは視線だけで問い返した。
「月を飼うんだ」
「……また何言い出したんですかあんた」
しかもこんな真夜中に。
しんと静まり返った夜更けに、柔らかな月明かりは、カーテンも閉めていない窓に遮られることなく部屋の中に注いで、彼によって細く開けられた隙間からはさらりと乾いた夜風が運び込まれてくる。春先とはいえ、まだその風は冷たい。
ハボックはベッドから抜け出ると、シーツに包まって再びぼうっと窓の外を見るマスタングの傍らに立って、ひっそりとした街並みとそれを照らし出す光を見上げた。
「月を?」
「ああ」
「あんなに遠いのに?」
「つかまえるんだ」
どこか幼い口調で言い切った彼は、凡人には理解できない全てを知りえた科学者のようでもあり、何も知らない無垢な子どものようでもあった。
「ほら、おまえが出してきた水槽があっただろう。あれがいる」
「……ああ、今日の」
正確には、もう昨日だろうか。
昼間、マスタングの自宅の大掃除をしていたハボックが洗面台の奥から水槽を見つけたのだ。
何故そんなものがあるのか家主と一緒に首を捻ったが、何かに使えるかもしれないと綺麗に洗って、今はリビングの棚の上に置かれているはずだった。
こうなったら何をどう言おうと譲らない恋人の性格を熟知しているハボックは、黙ってベッドサイドにおいてある煙草から一本取り出してくわえると、彼の要求を満たすために部屋を出ていく。
その後姿を、水も入れてこいよ、という静かな声が追った。
さほど大きくない水槽に水を入れて言われたとおりに窓辺に置くと、それを覗いた彼は満足げに笑った。
「で、これをどうするんです?」
「よく見ろ」
水槽の水は春の夜の闇をうつしこんでゆらゆらと揺れている。
そこに、右上が少し欠けた白い月が浮かんでいた。
つかまえた、と小さくつぶやく声が耳に届く。
「ほら、こうしたら手が届くだろう?」
そういいながらも彼が手を伸ばしてそれに触れようとすることはない。
届かぬ、触れられぬと分かっているものに手を伸ばし、水面に浮かぶ仮初の映し身を捕らえて微笑む彼は、奥底では何を思っているのだろうか。
ふと、捕らえられた月から視線を逸らすと、漆黒に濡れた瞳がこちらを見ていた。
それはどこまでも吸い込まれそうな星空のようでもあり、全てを拒絶しながら受けいれる闇夜のようでもあった。
どこか透徹としたまなざしだった。
途端に沸きあがってきた衝動のまま、惹かれてやまないその人に手を伸ばすと意外にも大人しく腕におさまってくれる。
そのままさらに抱き寄せ口づけようとした瞬間、水槽とその闇に映る光がハボックの視界をよぎった。
――あんたの心も、ああやってつかまえられたらいいのに。
天上に浮かぶ冴えた光を地上に留め置いていられるのは、朝が来るまでの僅かな時間だけだと分かっているけれど。
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ポルノの「月飼い」をきっかけに
title:星が水没さまの五題より
10/01/20(10/02/04一部修正)
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