鋼の錬金術師テキストブログ。所謂「女性向け」という言葉をご存じない方、嫌悪感を持たれる方はご遠慮ください。現状ほぼ休止中。
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その日のロイは、それはもう、大変に、不機嫌だった。
中央から来た上官たちが、堅苦しい会議ばかりでもなんだろうと懇親会だか食事会だか――呼び方などもはやどうでもいい。どうせ中身がないことに変わりはない――に断れないことを承知でロイを招いたせいだ。
「――最悪だ」
ようやく解放され、周囲に人がいなくなった瞬間悪態をついた上司に護衛として同行していたハボックは苦笑いした。
いささか早足になって歩くロイの右斜め後ろの位置をキープしながら言う。
「まあまあ。いつもお偉いさんたち来たらやってるじゃないですか」
「いつも以上だ。あの面子でこの場所はもう二度とごめんだ」
「――何か、ありましたか」
やはり自身も部屋まで同行すべきだったかと声を改める背後の部下に、ロイはそうじゃない、とかぶりを振る。
「いつもの嫌味と皮肉と愚痴に加えて、煙の波状攻撃だ。ハボック少尉、私は初めて煙草というものに殺意を覚えたよ」
「ははあ……そんなに酷かったんスか」
「最初に入った時点で部屋が霞んで見えた」
「それはまた……」
ハボックはそれ以上言うことが見つからずに曖昧に言葉を濁した。
どうやらこの度の将軍たちは愛煙家が多かったらしい。
煙草なんて軍では珍しくもなんともないし、普段から重度の愛煙家を自認しているハボックの喫煙を許容しているロイが心底嫌そうに顔を顰めているのだから、相当なものだったのだろう。
密閉空間において煙と嫌味をこれでもかと詰め込まれた上司の機嫌が最低ラインまで下降するのも無理はない。
「煙のせいでジジイどもの顔を拝まなくてすんだのだけが不幸中の幸いだ」
「お疲れ様です。そんなの相手しなくて済むように、さっさと上行って下さいよ」
「言われなくとも。あんなヤツらすぐ引き摺り下ろしてやる」
「あ、でも禁煙令はやめてくださいね。俺が先に力尽きます」
「――さて。それはおまえの働き如何だな、少尉?」
ひでえ、と笑うハボックにつられて口角を上げたロイは、思い出したように背後に視線をやった。
「そういえばおまえは、今日は吸っていないな」
「いや、今の聞いてさすがに吸おうと思いませんよ」
「そうか?此処まで来たら私しかいないし別に構わないが」
「俺が嫌なんですよ」
「?」
なぜだと本気で首を傾げる上司に、ハボックは困ったように言った。
「たった今まで煙いだの煙害だの言ってたの誰っスか。部下にまで気遣わんでくださいよ?」
「いや、そんなことは――」
ない、と言いかけたロイの中でふいに閃くものがあって、口を閉ざす。
「……あ、そうか」
「大佐?」
「私は煙草が嫌だったんだと思っていたが……違った」
煙草は好きではないが嫌煙家のように毛嫌いしているわけでもないのに、あそこまで違和感と不快感を感じた理由。
空虚な会話と自分の地位を守ることしか考えていない上官たちに嫌気が差していたからだとロイは思っていたが、
「おまえの煙草の匂いじゃなかったからだな」
だからあれほど煙が充満して不快になったのだ。
いつもと違う空気に覆われていたから。
「うん、やはりそうだ。……?」
自分の中で答えを見つけて満足げに頷いたロイは、そこでようやくあとに続いてくるはずの気配がないことに気づいて、歩みを止めた。
振り返った先、部下は上司より数歩後ろでしゃがみこんでいた。
てしてしとその数歩を縮めて、ロイは微かな感動と共に長身の部下の金色のつむじに話しかける。
「ハボック?」
「ああああもう!」
「うわっ!?」
いきなり叫びながら立ち上がった男に驚いて仰け反ると、ハボックはロイを置いて先へずんずんと進んでいく。
先ほどとは逆転した位置に、慌てて歩調を速めてロイが不平を零した。
「おい、私より前を歩くな」
「だったらあんたが俺より早く歩けばいいでしょう!!」
「なに!?」
「抜けるモンなら抜いてみろってんだ!」
「な…言ったな貴様――!」
その日の東方司令部では、なぜか外を全力疾走する司令官とその護衛の姿が目撃されたとか。
中央から来た上官たちが、堅苦しい会議ばかりでもなんだろうと懇親会だか食事会だか――呼び方などもはやどうでもいい。どうせ中身がないことに変わりはない――に断れないことを承知でロイを招いたせいだ。
「――最悪だ」
ようやく解放され、周囲に人がいなくなった瞬間悪態をついた上司に護衛として同行していたハボックは苦笑いした。
いささか早足になって歩くロイの右斜め後ろの位置をキープしながら言う。
「まあまあ。いつもお偉いさんたち来たらやってるじゃないですか」
「いつも以上だ。あの面子でこの場所はもう二度とごめんだ」
「――何か、ありましたか」
やはり自身も部屋まで同行すべきだったかと声を改める背後の部下に、ロイはそうじゃない、とかぶりを振る。
「いつもの嫌味と皮肉と愚痴に加えて、煙の波状攻撃だ。ハボック少尉、私は初めて煙草というものに殺意を覚えたよ」
「ははあ……そんなに酷かったんスか」
「最初に入った時点で部屋が霞んで見えた」
「それはまた……」
ハボックはそれ以上言うことが見つからずに曖昧に言葉を濁した。
どうやらこの度の将軍たちは愛煙家が多かったらしい。
煙草なんて軍では珍しくもなんともないし、普段から重度の愛煙家を自認しているハボックの喫煙を許容しているロイが心底嫌そうに顔を顰めているのだから、相当なものだったのだろう。
密閉空間において煙と嫌味をこれでもかと詰め込まれた上司の機嫌が最低ラインまで下降するのも無理はない。
「煙のせいでジジイどもの顔を拝まなくてすんだのだけが不幸中の幸いだ」
「お疲れ様です。そんなの相手しなくて済むように、さっさと上行って下さいよ」
「言われなくとも。あんなヤツらすぐ引き摺り下ろしてやる」
「あ、でも禁煙令はやめてくださいね。俺が先に力尽きます」
「――さて。それはおまえの働き如何だな、少尉?」
ひでえ、と笑うハボックにつられて口角を上げたロイは、思い出したように背後に視線をやった。
「そういえばおまえは、今日は吸っていないな」
「いや、今の聞いてさすがに吸おうと思いませんよ」
「そうか?此処まで来たら私しかいないし別に構わないが」
「俺が嫌なんですよ」
「?」
なぜだと本気で首を傾げる上司に、ハボックは困ったように言った。
「たった今まで煙いだの煙害だの言ってたの誰っスか。部下にまで気遣わんでくださいよ?」
「いや、そんなことは――」
ない、と言いかけたロイの中でふいに閃くものがあって、口を閉ざす。
「……あ、そうか」
「大佐?」
「私は煙草が嫌だったんだと思っていたが……違った」
煙草は好きではないが嫌煙家のように毛嫌いしているわけでもないのに、あそこまで違和感と不快感を感じた理由。
空虚な会話と自分の地位を守ることしか考えていない上官たちに嫌気が差していたからだとロイは思っていたが、
「おまえの煙草の匂いじゃなかったからだな」
だからあれほど煙が充満して不快になったのだ。
いつもと違う空気に覆われていたから。
「うん、やはりそうだ。……?」
自分の中で答えを見つけて満足げに頷いたロイは、そこでようやくあとに続いてくるはずの気配がないことに気づいて、歩みを止めた。
振り返った先、部下は上司より数歩後ろでしゃがみこんでいた。
てしてしとその数歩を縮めて、ロイは微かな感動と共に長身の部下の金色のつむじに話しかける。
「ハボック?」
「ああああもう!」
「うわっ!?」
いきなり叫びながら立ち上がった男に驚いて仰け反ると、ハボックはロイを置いて先へずんずんと進んでいく。
先ほどとは逆転した位置に、慌てて歩調を速めてロイが不平を零した。
「おい、私より前を歩くな」
「だったらあんたが俺より早く歩けばいいでしょう!!」
「なに!?」
「抜けるモンなら抜いてみろってんだ!」
「な…言ったな貴様――!」
その日の東方司令部では、なぜか外を全力疾走する司令官とその護衛の姿が目撃されたとか。
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