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鋼の錬金術師テキストブログ。所謂「女性向け」という言葉をご存じない方、嫌悪感を持たれる方はご遠慮ください。現状ほぼ休止中。
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「晴れた空を見たことがないんだ」

三日前に知り合った彼は、どうも雨男らしい。
大衆食堂の片隅で、ジョッキを傾けながらそんな冗談を大真面目に言うので、ハボックは煙草をくゆらせながら笑って話を続けた。
「へえ。それはもったいないっスね、あんなに綺麗なのに」
「どんな色をしてるんだ?」
「薄いブルーですよ。スカイブルーってあるでしょ?深くて…でも澄んだ色っていうんスかね。そんな色です」
「おまえの瞳みたいに?」
そう言って顔を寄せて瞳を覗き込んで来た彼に、他意はないと分かっていても思わず息を止めてしまう。
じっと見つめてくるその身体を引き寄せたい衝動に駆られて、ハボックが手を伸ばしかけた時、ふと何かに気を取られたように彼の視線が逸れた。
「……あ」
とあるテーブルの一角で、歌声が流れ始める。
流しの唄うたいが来ているらしい。
アルトの柔らかな声が、食堂の隅々まで哀切に満ちた詞を響き渡らせた。このあたりでは有名な恋の唄だ。
彼の、漆黒の目が輝く。
「ミュージックは偉大だ。私の仕事仲間は皆ミュージックが好きだ」
「どんな曲が好きなんです?」
「ミュージックならなんでも。……この唄も、素晴らしいな」
彼は手にした酒ではなく、唄そのものに酔ったようにうっとりとした表情を見せた。

出会って三日目、雨の降る店の中でハボックは名前しか知らぬ彼に急速に惹かれていく己を自覚した。



今日も雨が降っていた。
これほど雨が続くのは、この時期には珍しい。
長雨の季節でもないのに、と首を捻りながらハボックが店に行くと、彼はいつものように一人でくつろいでいた。
その前に、コトリ、と小さな箱をひとつ置くと、不思議そうに見上げられる。
「プレゼントです。あんたに」
「開けても?」
「ええ」
簡素な包みの中にあったシンプルな箱を開けた途端、流れてきた音に彼が目を見開く。
「たいしたものじゃないですけど。それならいつでもあんたの好きなミュージックが聞けるでしょ?」
小さなオルゴールは、彼と此処で聞いた恋の唄を奏でている。
あまり笑みを浮かべない彼が、少し顔をほころばせた。
「ありがとう。大事にしよう」

出会って五日目、その笑顔に少しだけ彼に近づけたと思った。



その日、彼は珍しくいつもの食堂にはいなかった。
待ち合わせていたわけではなかったが、近くにいる気がして店の前で視線を彷徨わせると、少し離れた公園に見覚えのある姿が見えた。
噴水の前に、黒い傘を差してこちらを見ている。それが遠目からでもどこか思いつめたような表情に見えて、ハボックは近寄って声をかけた。
「どうしたんです?」
「いや。やはり今日も雨だった」
曇った灰色の空を指して彼はつまらなさそうに言った。
「私の仕事の時は、雨ばかりだ」
「そうなんです?でも、明日は晴れるらしいっスよ」
「そうなのか?」
「はい。ですから――明日は俺と一緒に青空の下の散歩なんてどうです?」
そういうと、彼は面白そうに小さく微笑んだ。
「空色の目のおまえと?」
「空二つ分、あんたが独り占めできますよ」
へらっと笑うと、何かを見極めるように一点を見つめていた彼が呟いた。
「――「見送り」だ」
「え?」
「ただし、おまえの一年は私がもらう」
「ロイ?」
「私が決めた。覚えておけ、おまえは幸せな一生を送ること。そうでなければ許さん」
そうしてくちびるに一瞬、柔らかなものが触れた。
触れたものが、少し伸び上がった彼のそれだ、ということをハボックが理解できたか否か。

出会って七日目、ハボックの記憶はそこで途切れた。



昨日までの雨が嘘のように晴れ上がった空だった。
一週間ぶりに見た青空に煙草の煙が昇っていく様子を、ぼんやりと見上げる。
ハボックが気がついたときには彼の姿はなく、いつもの店で眠りこけていた。
誰に尋ねても、彼の姿を覚えていなかった。まるでこの一週間が幻だったように。
勝手に決めて、勝手に去って行ったどこまでも身勝手な人を想う。
「……一年どころか。一生あんたにあげましたよ」
自分の幸せが彼の傍にしかないことは分かりきっていたけれど、これから幸せになるために必死に生きるだろう。
彼の知る青空が、ずっと自分の瞳だけであればいいなんて不届きな願いを胸に、瞼を閉じた。

出会って八日目、どこからか、オルゴールの音色がした気がした。

流れるのは、あなたに逢いたいと唄う、恋の唄。





備考

死神は人ではない
死神は音楽が好き
死神は1週間調査対象の傍にいる
死神は7日目に「可」か「見送り」かを判断する
「可」は8日目に死亡、「見送り」は寿命をまっとうするが、めったに「見送り」にはならない
人が死神に触れると気絶し、寿命が一年短くなる


元ネタ:死神の精度/伊坂幸太郎/文藝春秋(文春文庫)
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管理人 柚 (雑記)

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