鋼の錬金術師テキストブログ。所謂「女性向け」という言葉をご存じない方、嫌悪感を持たれる方はご遠慮ください。現状ほぼ休止中。
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バレンタイン・デーというものがあることは知っている。
知っているどころか、世の男性諸氏からは妬まれるほどにその恩恵に預かっている身であるということも自覚している。
だが――まさか、自分が贈る側として悩むことになるとは欠片たりとも想像していなかったわけで。
どうしようかと悩んでいつの間にやら気がつけば手元には一箱の包みがあった、のだが。
(どんな顔をして渡せというんだ!)
ロイ・マスタング、29歳。地位は大佐。
真昼間の執務室で真剣に考え込んでいる内容は、至って平穏なものであった。
冬の日差しが差し込む執務室、目の前の積みあがった書類には目もくれず――いや、視線は書類に注がれているのだが、まったく頭に入ってはいない――ロイの頭を占めるのは、引き出しの中にあるこの綺麗にラッピングされた箱をどうするかということで。
どうするもなにも思い描いた相手に渡せばいいのだが、そんなに簡単にいけばこうも悩まない。
カチリ、と時計の針の音でハッと顔を上げたロイは、ぐるぐると思考が回っている己に気づいて息を吐いた。
(落ち着け、ロイ・マスタング。こんなこと、別にたいしたことはないだろう?落ち着いて考えてみろ――落ち着くんだ)
何度も言い聞かせているあたり、自分が落ち着けていないことに気づいているようないないような。
それでも少しばかり心を落ち着けていつもの冷静な自分を取り戻して、考える。
バレンタインに、チョコレートを渡す。これは問題ない。むしろ推奨されるべきだと思っている。
恋人に、プレゼントを渡す。これもいたって普通だ。微笑ましいくらいである。
――それをするのが女性であれば。
(何が悲しくて、この私が!あんな無駄にデカイ男に!やらなければならないんだ!?)
ひどい言い草であるが、ロイの恋人――と呼ばれる人間がその無駄にデカイ少尉に他ならないという事実は遥か彼方らしい。
チクタクと回って時間の経過を伝える針と一緒に、ロイはふたたびぐるぐるの渦に巻き込まれている。
(だいたい何故私が渡さなければならないんだ?……そうだ、そもそも別に私が渡す必要はないじゃないか……男同士なわけだし、あいつが私に寄越したら問題は解決するんだ、うん。……だいたい、買うだけでもあんなに恥ずかしい思いをしたんだ、もう十分じゃないか?)
むかむかむか。なんだかこんなことで悩んでいることがバカらしくなってきた。
いくら顔から火の出るような思いで準備したといえど、渡さなければ相手に伝わらない、といった当然の感覚はこのときのロイには存在しておらず。
ついでに言うならば、自分の思考に没頭していたせいで、周囲の気配を感知する能力も格段に落ちていた。
だから、正面から声をかけられたにも関わらず、椅子から飛び上がるほどに驚くことになった。
「たいさー?」
「うわあっ!」
「うわ!?」
仰け反った上司に、書類を片手にしていた部下――ロイの今まさに悩みの種である当の本人、ジャン・ハボック少尉も目を丸くする。
「な……驚くだろう!」
「すいません。ノックはしたんですけど……なんか、考え事ですか?」
眉間に皺よってますよ、とすいと伸ばした指先で撫でられてロイは口を尖らせる。
「……なんでもない」
「そうですか」
「おまえこそ、やけに機嫌がいいな」
「そう見えます?」
いつもの煙草は見当たらないが、今にも口笛を吹きそうな浮かれっぷりを見せている男に、ますます眉を寄せる。こちらはこんな男のために今の今まで頭を悩ませていたというのに。
そんなちょっとしたいらいらが、口をついて出てしまった。
「なんだ、チョコレートでももらったのか?どうせ義理だろうに、男というのは悲しい生き物だな、少尉?」
「……別に、義理以外もありましたけど」
「……え?」
あ、と思ったときには既に遅し。
さっきまでの楽しそうな空色の瞳が陰り、ロイの方がうろたえる。
だが、すでに音として零れたものがなかったことにできるわけもなく。心が焦るばかりで、言葉は思ってもいない言葉を重ねていく。
「そ、そうか……だったらその本命の彼女と一緒にいればいいでは――」
「断りました」
「――断っ、た?」
「あんたねえ……」
がしがしと頭を掻いて呆れきったため息を落とした男は、ロイとの間を隔てていた机を回り込み――きょとんと見上げていたその身体を抱きこんだ。
いきなり近くなった距離と体温に固まったロイの耳元に、ささやきが落とされる。
「んな今にも泣きそうな顔で言われたって、全然本気に聞こえませんよ」
「なっ…誰がっ!」
「鏡見てみます?あ、でもその前に、はい」
至近距離で余裕の笑みをかまされたかと思えば、ごそごそとポケットから取り出して手渡されたのは――ちょうど、シガレットケースほどの大きさの、これまた可愛らしくラッピングされた箱。
「え、な……これ、は?」
「俺からあんたに、です。今日バレンタインでしょ?」
ついでに、今日は誰からももらってませんよと付け足され、こめかみに口付けられる。
耳まで熱いのは気のせいじゃないだろう。
悔し紛れに睨み上げると、へらり、とした笑みが返ってきて毒気を抜かれる。
どうしてこいつは。
「で。あんたから俺には?」
「――――っ!!」
根っからの素直さで、いとも簡単に、ロイの懊悩を奪っていく。
あれだけ悩んだ自分が嘘のようだ。
「わ…私からは――」
そこの引き出しの中に、と言いかけた小さな声は、続いた暢気な言葉に遮られた。
「ないんでしょ?まあ期待してませんでしたからいいっスけど――いってえ!!」
ロイが渾身の力を込めて投げた箱は、すこーんと至近距離からハボックの顎へと綺麗にヒットした。
「ちょ、何すんですか大佐……って、え?」
顎を押さえて抗議しようとしたハボックが、自分に投げられた包みを目にして動きを止める。
その隙に腕から抜け出したロイは、引き出しの中、箱の隣にあったものへと手を伸ばす。
「え、嘘、これ、もしかして」
「わ…私がどれだけ恥を偲んでそんなものを買ってきたと――!!」
「俺、に?――って!!ちょっ、大佐!?それ発火布――」
「うるさいっ!!」
きゅっと白い手袋を装着したロイの前、ハボックの命運やさあ如何に。
ハボがご機嫌だったのは 大佐がチョコを渡すことばかり考えてたせいで
誰からもまったく受け取っていなかったから という裏話
知っているどころか、世の男性諸氏からは妬まれるほどにその恩恵に預かっている身であるということも自覚している。
だが――まさか、自分が贈る側として悩むことになるとは欠片たりとも想像していなかったわけで。
どうしようかと悩んでいつの間にやら気がつけば手元には一箱の包みがあった、のだが。
(どんな顔をして渡せというんだ!)
ロイ・マスタング、29歳。地位は大佐。
真昼間の執務室で真剣に考え込んでいる内容は、至って平穏なものであった。
冬の日差しが差し込む執務室、目の前の積みあがった書類には目もくれず――いや、視線は書類に注がれているのだが、まったく頭に入ってはいない――ロイの頭を占めるのは、引き出しの中にあるこの綺麗にラッピングされた箱をどうするかということで。
どうするもなにも思い描いた相手に渡せばいいのだが、そんなに簡単にいけばこうも悩まない。
カチリ、と時計の針の音でハッと顔を上げたロイは、ぐるぐると思考が回っている己に気づいて息を吐いた。
(落ち着け、ロイ・マスタング。こんなこと、別にたいしたことはないだろう?落ち着いて考えてみろ――落ち着くんだ)
何度も言い聞かせているあたり、自分が落ち着けていないことに気づいているようないないような。
それでも少しばかり心を落ち着けていつもの冷静な自分を取り戻して、考える。
バレンタインに、チョコレートを渡す。これは問題ない。むしろ推奨されるべきだと思っている。
恋人に、プレゼントを渡す。これもいたって普通だ。微笑ましいくらいである。
――それをするのが女性であれば。
(何が悲しくて、この私が!あんな無駄にデカイ男に!やらなければならないんだ!?)
ひどい言い草であるが、ロイの恋人――と呼ばれる人間がその無駄にデカイ少尉に他ならないという事実は遥か彼方らしい。
チクタクと回って時間の経過を伝える針と一緒に、ロイはふたたびぐるぐるの渦に巻き込まれている。
(だいたい何故私が渡さなければならないんだ?……そうだ、そもそも別に私が渡す必要はないじゃないか……男同士なわけだし、あいつが私に寄越したら問題は解決するんだ、うん。……だいたい、買うだけでもあんなに恥ずかしい思いをしたんだ、もう十分じゃないか?)
むかむかむか。なんだかこんなことで悩んでいることがバカらしくなってきた。
いくら顔から火の出るような思いで準備したといえど、渡さなければ相手に伝わらない、といった当然の感覚はこのときのロイには存在しておらず。
ついでに言うならば、自分の思考に没頭していたせいで、周囲の気配を感知する能力も格段に落ちていた。
だから、正面から声をかけられたにも関わらず、椅子から飛び上がるほどに驚くことになった。
「たいさー?」
「うわあっ!」
「うわ!?」
仰け反った上司に、書類を片手にしていた部下――ロイの今まさに悩みの種である当の本人、ジャン・ハボック少尉も目を丸くする。
「な……驚くだろう!」
「すいません。ノックはしたんですけど……なんか、考え事ですか?」
眉間に皺よってますよ、とすいと伸ばした指先で撫でられてロイは口を尖らせる。
「……なんでもない」
「そうですか」
「おまえこそ、やけに機嫌がいいな」
「そう見えます?」
いつもの煙草は見当たらないが、今にも口笛を吹きそうな浮かれっぷりを見せている男に、ますます眉を寄せる。こちらはこんな男のために今の今まで頭を悩ませていたというのに。
そんなちょっとしたいらいらが、口をついて出てしまった。
「なんだ、チョコレートでももらったのか?どうせ義理だろうに、男というのは悲しい生き物だな、少尉?」
「……別に、義理以外もありましたけど」
「……え?」
あ、と思ったときには既に遅し。
さっきまでの楽しそうな空色の瞳が陰り、ロイの方がうろたえる。
だが、すでに音として零れたものがなかったことにできるわけもなく。心が焦るばかりで、言葉は思ってもいない言葉を重ねていく。
「そ、そうか……だったらその本命の彼女と一緒にいればいいでは――」
「断りました」
「――断っ、た?」
「あんたねえ……」
がしがしと頭を掻いて呆れきったため息を落とした男は、ロイとの間を隔てていた机を回り込み――きょとんと見上げていたその身体を抱きこんだ。
いきなり近くなった距離と体温に固まったロイの耳元に、ささやきが落とされる。
「んな今にも泣きそうな顔で言われたって、全然本気に聞こえませんよ」
「なっ…誰がっ!」
「鏡見てみます?あ、でもその前に、はい」
至近距離で余裕の笑みをかまされたかと思えば、ごそごそとポケットから取り出して手渡されたのは――ちょうど、シガレットケースほどの大きさの、これまた可愛らしくラッピングされた箱。
「え、な……これ、は?」
「俺からあんたに、です。今日バレンタインでしょ?」
ついでに、今日は誰からももらってませんよと付け足され、こめかみに口付けられる。
耳まで熱いのは気のせいじゃないだろう。
悔し紛れに睨み上げると、へらり、とした笑みが返ってきて毒気を抜かれる。
どうしてこいつは。
「で。あんたから俺には?」
「――――っ!!」
根っからの素直さで、いとも簡単に、ロイの懊悩を奪っていく。
あれだけ悩んだ自分が嘘のようだ。
「わ…私からは――」
そこの引き出しの中に、と言いかけた小さな声は、続いた暢気な言葉に遮られた。
「ないんでしょ?まあ期待してませんでしたからいいっスけど――いってえ!!」
ロイが渾身の力を込めて投げた箱は、すこーんと至近距離からハボックの顎へと綺麗にヒットした。
「ちょ、何すんですか大佐……って、え?」
顎を押さえて抗議しようとしたハボックが、自分に投げられた包みを目にして動きを止める。
その隙に腕から抜け出したロイは、引き出しの中、箱の隣にあったものへと手を伸ばす。
「え、嘘、これ、もしかして」
「わ…私がどれだけ恥を偲んでそんなものを買ってきたと――!!」
「俺、に?――って!!ちょっ、大佐!?それ発火布――」
「うるさいっ!!」
きゅっと白い手袋を装着したロイの前、ハボックの命運やさあ如何に。
ハボがご機嫌だったのは 大佐がチョコを渡すことばかり考えてたせいで
誰からもまったく受け取っていなかったから という裏話
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