鋼の錬金術師テキストブログ。所謂「女性向け」という言葉をご存じない方、嫌悪感を持たれる方はご遠慮ください。現状ほぼ休止中。
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
ふと気がつくと、水の中にいた。
あたりは薄暗い。
何処――だろうか。
此処が水の中だということは分かるのに、それ以外は全く分からない。
湖か池か、いやそれとも、大陸の果てにあるらしい海――こんなに狭くはないだろう。そう頭のどこかが冷静に判じる。此処を知っているような知らないような奇妙な感覚。
考えている間も、やけに狭く感じる底へと、仰向けになった身体がゆっくりと沈んでゆく。水の中だというのに少しも寒くない。むしろどこか温かな――母親の胎内とはこうだろうか、と思うような。そんな柔らかさが身体を包む。
揺れる水の中、あたりの暗さもそんな思いに拍車をかけているのかもしれない。
羊水とも思える其処に自身がいる事実を何の違和感もなく受け入れ、ぼんやりと見上げた先。少し端が歪んだ、白い円があった。
本来ならば滑らかな曲線を描き、鋭利な光を放っているはずのソレ。今は少しだけ歪な形になっているソレ。
どこか恍惚と見上げ、名を呼ぼうとして言葉に詰まる。
表す単語があるはずだったのに、思い出せない――思い出さない、のか。それすらも分からずに曖昧だ。
だが、その曖昧さは。
このたゆたう水の中で、不可思議な感慨でもって許容されていた。
そういえば自分の呼吸はどうなっているのだろう、とふと考え――そこでようやく、ごぼり、と口端から大きな泡が零れ落ちた。
息苦しい。ついさっきまで安らかだった意識が狂ったように暴れ始める。苦しい。息が。それでも身体は動かない。
泡の切れ目から白いソレが覗いて反射的に手を伸ばしても――届かない。
『――――――。』
沈みゆく身体とは反対に、大小さまざまな大きさの泡が昇っていく。
薄れていく意識の中で、やけにきらきらした水面に近づいていく空気の白と、その先の白い光を見ている己がいた。
ああ、
―――堕ちる先は何処だろうか。
「さ!――大佐!?」
「……ハ、ボ?」
目を開けて一番最初に飛び込んできた男の名を呼ぶと、ひどく焦った表情をしていた彼は大きく安堵の息をついた。
いつものベッドの上で、風呂上りなのか濡れた髪のままで。青い目がまっすぐに覗きこんでくる。
「どうした?」
「いやあんたどうしたって……」
戸惑いや心配を混ぜ合わせた表情とその言葉で、魘されていたのだろうかと思う。
両肩を掴んでいた大きな手のうち、右の手のひらがふわりと頬に添えられる。触れられた箇所は少しだけ湿っていて、ようやく自分が涙を零していたことに気づいた。
「――大佐。なにか、夢を?」
「ゆめ…?」
夢、だったのだろうか。
それにしては、やけにリアルだったような――。
「……あ?」
「大佐?」
「いや…たぶん、夢を見たんだが」
覚えていない。
眉をひそめると、だったら、とベッドに腰掛けた彼がロイの髪を撫でた。
「無理に思い出す必要もないっスよ」
「……そう、だな」
同意しつつも、もう一度眠りにつく気にはなれなくて、ハボックの手を退けて身を起こした。
そのまま隣にもたれかかると、再び大きな手が髪をさらさらと梳いていく。
ふいに思う。
無理に言葉を発することなく、自分と違う体温に触れ、空間を共有し、これほどまでに心が落ち着くなど――なんという奇跡。
撫でる手につられるままロイは目蓋を下ろそうとし、瞬間、視界に過ぎったものに、硬直した。
隣の男も触れていた箇所から伝わったのだろう、ロイの視線の先を追って顔を曇らせた。
彼らの視線の先には、いつもと変わらぬ水槽があるはずだった。
折りしも今日は満月で、開け放たれたカーテンの中、水槽に囚われた満月と、空に浮かぶ光と一緒に悠然と泳ぐ二匹の金魚――が、いるはずだった。
「さっきまで、泳いでたのに」
いつものように泳ぐ金魚は、一匹。
固まって動かないロイに何を思ったのか。
彼が立ち上がり、水槽の傍に寄っていく。
一瞬身震いしたのは、さっきまで熱を感じていたところに冷気が入り込んできたせいだろう。
「あれ」
そして零れた音は、奇妙な響きを持っていた。
不審。訝り。困惑。そして少しの恐れ。
そういったものが、勝手に彼の口から飛び出てきてしまったような。
「こいつ……溺れ、て?」
声は、やけに遠くで聞こえた。
title:星が水没さまの五題より
2011-3-8
PR
ブログ内検索
アクセス解析