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鋼の錬金術師テキストブログ。所謂「女性向け」という言葉をご存じない方、嫌悪感を持たれる方はご遠慮ください。現状ほぼ休止中。
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これは夢だ。間違いなく。
やばいな、高熱のあまり幻まで見えてきたのか……。
やけにリアルで都合のいい幻は、立ち尽くしている俺の後ろを覗き込んでからガサリと手にした紙袋を示して見せた。

「そういうわけでコーヒーを飲みにきた」
「……そうっスか」

一体何が「そういうわけ」なのか。
見舞いじゃなくてコーヒー飲みにって本当何しに来たんだとか。
言いたいことがありすぎて、熱のせいじゃなく頭がくらくらしている俺より少し低い位置に、さも当然のような顔をした人がいた。


***

いつも見る俺の部屋に、大佐がいる。
すげえ違和感。

俺の淹れたコーヒーを前に――どうやら本当にコーヒーを飲みに来たらしい。豆まで持参だった――満足そうにしている。
この人が突拍子もないことを始めるのは今に始まったことじゃないけれど、それにはいつだって彼なりの理由がある。
……はずだ。
うん、きっと、たぶん。

テーブルを挟んで俺と向かいあわせに座った大佐は、猫舌な大佐用に少しぬるくしたコーヒーを一口飲んでから、もっともらしく言った。

「いいか、おまえが早く治らんことには、私は毎朝中尉のモーニングコールで起きることになるんだ」
「堂々と言ってないで自分で起きましょうよ」
いくつですかあんた。
「スリーコール以内に出ないと分かってますね、といい笑顔で言われた」
「……ワンコールじゃなくてよかったっスね」
厳しい中尉も、大佐にはときどきちょっとだけ甘い。わかりにくいけど。
「その中尉からおまえに伝言だ」
「聞きたくないです」
「『甘やかすのもほどほどに』だそうだ。ブラハの主人は中尉だ、あまり構い倒すのはよくないぞ?」
「…………ああああ」

バレてる。バレてるわ間違いなく。
ブラハじゃないって何で気づかないんだあんたは。いや気づかれても俺が困るからいいんだけど。
自分のことにだけ鈍いっていうのは、ある種の才能じゃないかと思う。
いきなり頭を抱えて呻きだした俺を大佐は薄気味悪そうに見た後、至極真剣に聞いてきた。

「本当に風邪か?頭の病院に行くか?」
「……だいじょうぶです。俺よりあんたの方がブラハを甘やかしてると思いますが」
「そうか?」
「はい」
「そういえば……犬のしつけには飴と鞭が大切だと。飴ばかりはダメです、と以前懇々と中尉に言われたことがあったな……」
「ははは……」

どこの犬の話ですかね中尉。

「大体、こんな時期に風邪をひくヤツがあるか馬鹿者」
「いやー昨日の雨に濡れたのが拙かったみたいで」
「そんなにヤワだったか?」
「たぶんその後しばらく濡れっぱなしだったせいじゃないかと……」

正直に答えると、呆れた顔をされた。

「仮にも軍人ともあろうものが自己管理のひとつもできずにどうする」
「……あんたが言いますかそれ」

毎朝誰が起こして朝食の準備までしてると思ってんだ。
しれっと素知らぬふりで顔を背ける上司を軽く睨んでからあたりを見回していると、煙草はやめておけ、と呟かれた。
そうかさっきから見当たらないと思ったらあんたの仕業か。
……じゃなかった、俺が今探してるのは。

「煙草じゃなくて、猫ですよ。もう帰っちまったのかもしれませんね」

窓の鍵は開けたままにしていたし、やけに綺麗でも野良のようだったから、まあ当然だろう。

「猫?」
「ええ、昨日いきなりだったんスけどね。あいつのせいで風邪引いたも同然スけど……そりゃもう綺麗で可愛かったんですよ。あ、可愛いっていうより美人って感じ、で――なんスか?」

プライド高そうなところが、可愛いというよりは美人という言葉が当てはまる猫だった。
さすがに大佐そっくりで、なんてことは言えるはずもなく、さらにはロイなんて名前をつけてしまったなんて口が裂けても言えないのでそんな風に話していると、胡乱な眼差しとぶつかる。

「……女か?」
「は?」
「猫というのは」
「!!」

爆笑したら、一瞬の間をおいてテーブルの下から蹴りつけられた。
ガスガスと容赦なく足が飛んできて慌てて避ける。

「ちょっ…!なにすんですか!」
「おまえが紛らわしいんだろうが!」
「……っ、いや、俺は普通のことしか言ってませんしっ……!って大佐!病人!!俺病人ですからっ!」
「こんな元気な病人などおらん!!」

しばらく足での攻防を繰り返し、爆笑がゲホゲホと咳き込む段になって、ようやく、渋々と、本当に渋々と攻撃が止められた。

「間違いなく猫ですよ、猫。しかも、オス!」

ご期待に添えませんで、とにやにや笑うと、あまりな勘違いをしてくれた上官は嫌そうに口を引き結んでから、ふっと笑った。

「そうだな、まったく私としたことが。お前にそんな甲斐性などあるわけない」
「またそういうこと言う……」

いつもの憎まれ口も、今回は負け惜しみだと分かっているのであまり腹も立たない。
頬が緩んでいるのがばれたらしく、大佐はきっとこちらを睨んで残ったコーヒーを一気に飲み干すと、帰る、と立ち上がった。

「あっと――送ります」
「いらん、寝ておけ。明日には出て来いよ」
「……アイサー」

そうして、ひらりと片手を振って、唐突に訪れた上司は、あっという間に帰っていった。
残ったのは、玄関に棒立ちになっている、俺。

「……本当にコーヒー飲みに来ただけかよ……」

暇じゃないのは重々知ってるが、暇なのかと思わざるをえない。
ため息をつきつつ部屋へと戻ると、テーブルの上に乗ったままだった紙袋を見つけた。
豆以外にも何かさせる気だったのかと、中を覗き込む。

「あ?……りんご?」

……一応、見舞いのつもりもあったのだろうか。
首をひねりつつ、夢ではなかったらしい証拠を片手に、俺はベッドへと逆戻りしたのだった。
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管理人 柚 (雑記)

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