鋼の錬金術師テキストブログ。所謂「女性向け」という言葉をご存じない方、嫌悪感を持たれる方はご遠慮ください。現状ほぼ休止中。
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「――大佐?もう寝たんですか?」
返ってきたのは規則正しい寝息で、ハボックは安堵の息をついた。
ここしばらく、嫌がらせかというほどに舞い込んできた書類やトラブルに忙殺されていてろくに休んでもいなかったのだ、この上司は。
普段はサボりまくるくせに、そんなときに限って限界以上に働くのだから、周りは心配で仕方ないというのを分かっているのだろうか。
いっそ無理やりにでも休ませようかと彼のもう一人の副官と相談していたとき、ようやく諸々の出来事が落ち着いた。
大佐がサボりに抜け出したと分かったとき、彼の直属の部下たちが快哉を叫ぶ勢いであったことなど、当の本人は想像もしていないだろう。
だからといってこんなところで一人で休むなど、もっての他だとハボックは思うのだが。
緊急時ならともかく平時には人の多いところでは眠れないらしいから、この悪癖は直りそうにない。
そこまで考えて、ハボックは自身の傍らの人物を見た。
司令部の裏にあたる日当たりのいい木の下で、出所不明の枕に頭を預けてすうすうと眠るロイの表情は穏やかだ。
ただでさえ幼く見える顔がますます子どもっぽくなっている。
少し丸くなって寝る姿はかの「イシュヴァールの英雄」と同一人物にはとても見えなくて、ハボックは小さく笑い、さらに深く休んでもらおうと髪を梳いていた手を離した。
途端、安らかだった眉間に皺がより、慌てて動作を再開させる。
そうして、眉間の皺を解いてふたたびゆったりとした息を零し始めた相手を安心半分、苦い思い半分で見つめる。
この人は、自分に対して無防備すぎる。
彼の頭を撫でる右手の動きはそのままに、ゆっくりと紫煙を吐き出して空を見上げた。
もっと周囲に危機意識を持てと彼に言ったが、その「周囲」にはハボック自身も含まれるのだと、自分は彼に知ってほしいのだろうか。
一人静かな場所で休ませてやりたい、と思う一方で、無理に理由をつけてもただ傍にいたいと思っている。そんな自分を。
でも彼は、自分のそういった我儘を、どこまでも許すのだ。
今だって人の多いところでは眠れないはずなのに、自分が傍にいても構わないと言い、部下が上司にするにはありえない行動まで許している。分かってやっているのか、すべてが無自覚なのか。
どちらにせよハボックが翻弄されていることに変わりない。
今は目蓋の下で見えない、彼の意思の強い黒曜石の瞳を思い描いて目を閉じた。
忠誠や尊敬以上の感情をこの上官に抱くようになったのが、もはやいつのことだったか思い出せない。
ただ今は、こうして傍らにあることを許されているという事実を喜んでいられたらいい。
そう言い聞かせてとどまっていられるうちはいいが、いつか。この感情が溢れて自身の中の戒めを破ってしまうかもしれない己を、ハボックは一番恐れている。
――その時、自分はどうするのだろうか。
ハボックはかぶりを振って無意味な想定を打ち消し、その瞳を開く。
気づけば短くなっていた煙草を消して、彼が眠る直前のやり取りを思い出した。
煙草を消せ、ではなく吸っていろ。
あれはどういう意味だったのだろうかと思いつつ、彼の従順な番犬は新しい煙草に火をつけた。
ぐるぐるハボ。
タイトルはbe in love with flowerさまから。
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