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鋼の錬金術師テキストブログ。所謂「女性向け」という言葉をご存じない方、嫌悪感を持たれる方はご遠慮ください。現状ほぼ休止中。
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彼は、金魚には興味がなかったのではなかったのか。

当初不審そうな眼差しでもってマスタング家の水槽に迎え入れられた二匹の赤い魚は、いまや月のない日中でも主人の傍にいるという栄誉を賜っていた。

今も彼は出窓のある壁を背に、床に直接水槽を置いてその横に自分も座り込み、静かに本を読んでいる。
だらりと足を崩して壁にもたれながら、ページをめくる指先は穏やかだ。
伏し目がちになっているせいか、瞳と同じ黒い睫が妙に長く、なまめかしく見えた。

「気に入ったんです?」
「ん?」
「水槽。……や、金魚?」
「……そう、だな。一緒にいるのは嫌いではないよ」

ちらりと金魚に目をやって。
ロイは目を伏せて微かに微笑み、水槽を挟んだ隣でぺたりと同じように床に座り込んだハボックに気づいてまた小さく笑った。

「何スか」
「いや、可愛いものだと思って」
「? あんた最初嫌がってたじゃないスか」
「金魚はな」

矛盾したことばにハボックは首を捻る。
だが、この人が楽しいならば問題ないと彼らしい納得の仕方で追求するのをやめ、煙草を取り出して口にくわえた。



頭上の開いた窓からは、夕暮れから夜にかかるこの時間特有の、さらさらとした、ざわめきとも静けさとも呼べる空気が流れてくる。
逢魔ヶ時、と呼ぶのだと言っていたのは隣の彼だったか、博識の同僚だったか。
宵闇にまぎれ、人ではないモノたちが蠢き出す時間帯。
さっきまで穏やかに存在していたはずの空間が一変し、水槽の分だけ離れた距離が、やけに不安定なものに思えてくる時刻。
今、自分の隣にいるのは彼であるはずだ。
少し手を伸ばしたら、彼に触れることも容易いのに。

「吸いたいなら吸ってかまわんぞ?」
「え?」

突然かけられた声に振り向くと、こちらの反応に驚いたような顔があって、二人して顔を見合わせる。
いつの間にか本を閉じていたロイが尋ねる。

「煙草が吸いたいんじゃないのか?」
「――煙草っスか?いや、特には――」

まったく思いもよらなかったことを言われて言いよどむと、彼は少し眼差しを強くした。

「おまえ、寝室では煙草を吸わないだろう」
「……そうでしたっけ?」
「……なぜそこで照れる」
「いや、ちょっと」

自分の無意識の行動に、彼が先に気づいているのはどこかしら面映い。
それだけ同じ時間傍にいて、見ている、ということだから。

「私に気を遣っているならば――」
「そんなことはない…っていうとまた違うかもだけど。あんたに気遣ってるならこの家で吸ってませんって。ここで吸ってないのも今気づきましたよ」
「……確かにこの場所と書斎以外では平気でバカスカ吸っているな」
「バカスカって……」

間違ってはいないけれど、と苦笑して、火のついていないままの煙草をひょこりと動かす。

「此処は……なんか、空気が違う気がするからですかね?」
「ふうん?」
「……何してるんスか」
「なんとなく」

気がつくと静かに傍まで来ていた彼は、猫のように擦り寄って、するりとハボックの腕を撫でた。

「……誘ってます?」
「どう思う?」
「言わなきゃ俺の都合のいい方に解釈するだけですが」
「すればいい――」


くすくすと笑いながら手を伸ばしあって。
彼に触れ、触れられて、さきほどまでの不可解な焦燥はあっという間に掻き消えていく。


じゃれあう二人を、透明な水の中、呼吸する魚だけが見ていた。







title:星が水没さまの五題より
2010-8-9(2010-11-27一部修正)
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管理人 柚 (雑記)

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