忍者ブログ
鋼の錬金術師テキストブログ。所謂「女性向け」という言葉をご存じない方、嫌悪感を持たれる方はご遠慮ください。現状ほぼ休止中。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


この国の朝は、晴れていても爽やかであるとは言いがたい。
経済発展の代償のように発生している淀んだ空気が太陽の日差しを弱めて、どれだけ晴れていてもどこかどんよりと薄暗さが残るせいだ。
光が本来の姿を現せないこの景色に慣れきった人々は、ただただ忙しなく歩くばかりで、まともに空を見上げることさえしなくなっている気がする。

「――また、例の泥棒か?」
「ああ」

温めに淹れられたコーヒーを飲みながら、ロイは窓へと向けていた視線を、世間話のついでとばかりに目の前で話し始めた男へと移した。
向かいに座るマース・ヒューズは優秀な刑事であり、ロイの学生時代の旧友でもある。
時折こうしてふらりと現れては、世間話と称して話――その内容は、警察の捜査状況から彼の妻子の惚気に、職場の上司の愚痴にやっぱり妻子の惚気に至るまで様々だ――をしていく。
本来ならば守秘義務やらなにやらに抵触するだろうが、そこのところはお互い様だ。バレなければ問題ない、と言ったのはどちらだったか。
実際、互いの情報交換によって当局はいくつかの事件を解決させていたりもする。

そして、彼らの今日の話題は、今巷を騒がせている泥棒。
ヒューズが手にしている地元の新聞も、その話題が大半を占めているようだ。

「世間じゃ『怪盗ジャック』で通ってるらしいぜ」
「ジャック?……えらく物騒だな」

即座にロイが連想したのは以前この国を騒がせた通り魔の通称。
犯人は未だに見つかっていないという曰くつきのそれを怪盗にあてがうとは、よほど危険な人物か。
だとしても――。

「所詮泥棒じゃないか。盗人ごときにそんな仰々しい名前をつける必要なんてないだろう」
「いんや、由来はジャック・ザ・リッパーじゃなくて、ジャック・オ・ランタンだ」

ロイは一気に脱力した。

「な……なんでそんなフザけた名前なんだ!」
「俺に怒んなよ。初めてこの泥棒が出たのが収穫祭の日だったんだ」

仮装のお祭り騒ぎに紛れて、ある伯爵の屋敷にあった絵画が盗まれたのが、最初の事件だ。

「目撃者の証言では犯人はカボチャを被ってただとか、お化けの仮装してただとかで、怪盗ジャックってわけ。ま、その証言もどれも曖昧で本当かどうかわかっちゃいねえがな」
「そんなフザけた泥棒が、なぜまだ捕まっていないんだ」
「それが、逃げ足がめちゃくちゃ速くてなー」
「言い訳ならもっと上手くやれ」
「俺が言ったんじゃねえよ」
「……と、おまえの上司に言っておけ」

興味がないといわんばかりのロイの様子に苦笑してヒューズが続ける。

「いや、上の方もこうもいろいろ盗まれたんじゃ警察の威信に係るってんで躍起になって増員しているんだがな、どうにも。……担当曰く、その泥棒、神出鬼没らしいんだわ」
「へー」
「あ、信じてねえな?」
「いいや、たかだか泥棒一人に我々の血税がどれほど使われているのかを考えて気が遠くなっただけだよ」
「そういうならオマエが捕まえてみろよ」
「タダ働きはごめんだ」
「そのうちあるかもしれないぜ?依頼」
「――ほう?」

コトリとカップを置いて目の前の男から何気なく言われた言葉に、ロイは小さく口端を持ち上げた。

「それなら、考えてもいいな」
「――へえ。じゃ、そろそろ名探偵のお出ましってわけですか」
「……ジャク。私は客なのだが」

突然かけられた頭上の重みに頭を上げられないままロイが低い声を出すと、背後から遠慮なくロイの頭の上に腕と顔を乗せた金髪の青年が大げさに驚く声を上げた。

「あれ、そうだったんで?オープン前に人がいるから、オレはまたてっきり新しく入ったバイトかと」
「この私に給仕させる気か?」
「しませんよ。そんな、コーヒーがもったいない」
「……なぜ失敗するのが前提なんだ」
「アンタ、変なところで不器用じゃないスか」
「誰がだ。だいたい私がバイトならコイツはどうなんだ、コイツは」
「いやー、俺はオマエと違って器用だし?給仕も任せとけ。……よ、邪魔してるぜ」
「どもっス」

ジャクと呼ばれたエプロン姿の青年は客に対するには少々軽い挨拶をしながら、乗せられた腕を払いのけようとするロイをかわして笑った。

「分かってますよ。またジャンが勝手にコーヒー出したんでしょ」
「だから、私は客だぞ?」
「ちゃんと俺のスコーンも出してるじゃないっスか」
「ジャンがな」

二人の軽快なやりとりを何気なく聞き流していたヒューズがそこで瞠目する。
ロイと自分の間にある胃袋を刺激する香りを放っているスコーンと青年の顔を代わる代わる眺めて、尋ねた。

「なに。これオマエが焼いたの?」
「そうっスけど」
「へえ……」

これをねえ、とマジマジとスコーンを見つめるヒューズに、ロイが胸を張った。

「ジャクのお菓子とジャンのコーヒーは絶品だぞ」
「なんでロイが自慢するんだよ」


>>next
PR

[45] [47] [48] [49] [50] [51] [52] [53] [54] [55] [56
«  Back :   HOME   : Next  »
Information
女性向け二次創作テキストサイト。
版権元とは一切関係ありません
禁・無断転載

管理人 柚 (雑記)

何かありましたら拍手からどうぞ
  レスは雑記にて
TweetsWind
ブログ内検索
忍者ブログ [PR]