鋼の錬金術師テキストブログ。所謂「女性向け」という言葉をご存じない方、嫌悪感を持たれる方はご遠慮ください。現状ほぼ休止中。
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2010.6にロイの日つながりで6月お題更新にチャレンジしておりました
その名残です
お題は全てノイモさまのランダム2×3題からいただいてます
基本ハボロイですが単品とかそうでないのも混じってます
それでもOKな方はどうぞ
1.初恋×注意報 / ハボロイ+ヒューズ / ギャグ(すいませ… / 100601
「なあ少尉!おまえも気になるだろ?ロイの初恋!」
天気のいい東部の昼下がり。
もはや数ヶ月に一度の恒例となりつつある中央からの客人の言葉に、コーヒーを運んできたハボックは口端を持ち上げてふっと笑った。
「はは。今さら大佐の女性遍歴語られても俺は痛くも痒くもありませんが。過去は過去で、今は俺とラブラブですしねー大佐ー?」
「おまえは幸せそうだな」
「確かに幸せですけどどういう意味っスか」
「言葉どおりだが……初恋」
ラブラブ発言をさらりと流してコーヒーを受け取り、ふむ、と考え込んでいる上司兼恋人の姿に、ハボックは小さな焦燥感を覚える。
普段から女たらしの色男で有名な大佐であるからして、初恋のひとつやふたつやみっつ、してきてることくらい分かってはいるが――。
でもなんかそういう初恋とか知る前に遊ぶ方向に走っちゃってそうだしもしかしたら俺が初恋だったら嬉しいなあとか思わなかったこともなくもないこともないわけで……。
後ろ髪を引かれる話題ではあるが、にやにやと笑ってからかう気満々のヒューズから、この話が楽しい話になる予感はこれっぽっちもしない。
本能が鳴らす警鐘に従おうと、ハボックはひとつ頭を振ってから断言した。
「嫌な予感しかしないので遠慮しますっつーか俺は今が幸せならそれでいいんで聞きたくありません。ですからこの話は終わりで!大佐も考えるのやめて!」
「まあまあわんこ。過去は過去、なんだろ?」
「それとこれとは別です!つかあんた何しに来たんスか!?仕事は!」
「有能な俺にかかりゃあんな仕事昨日のうちに終わってるんだよ」
「じゃあ昨日帰れよ……!」
「初恋……あれかな」
はつこいはつこい……と顎に手をやって空を見つめていたロイがぽつりと呟いて、言い合っていた二人の視線が集中した。
「え、あったんスか大佐にまっとうな初恋が」
「……失敬だな貴様」
「え、いや、だって。ほら。……ねえ?」
「分かった。俺だろ、俺」
「んなわけないですから中佐はちょっと黙っててください」
「なんだとお!?」
結局のところ、なんだかんだ言っても想い人の初恋の相手は気になるもので。
でも、かつて好きだった人の話なんて聞くのは複雑で。
聞きたいような聞きたくないようなもやもやした気持ちを抱えているハボックのことなどこれっぽっちも目に入らず、ロイは久しぶりに思い出した過去に思いを馳せる。
そう。あの時の自分はひとりだと思っていた。
「眼鏡をかけていてな」
「……はあ」
ぽつりと呟かれた言葉にハボックは曖昧に頷く。
「頭を撫でてくれる手が好きだった」
「……家庭教師のお姉さんとかですか?」
「髭が似合っていた」
「……はあ……って、ヒゲ?え、男!?」
ていうかそれに該当する人が今ここに一人いるんスけど!
ハボックが横目でちらりとその該当者――ヒューズを伺うと、目を見開いて固まってしまっている。
まさか、といったところだろうか。
それとも別の意味で――?
ハボックは、ロイとヒューズの過去になにがあったかなど知らない。
だが、互いに親友としている二人の絆は当然知っていて、実際、ロイと恋仲になる以前に二人の仲を疑ったことはないとは言えなかった。それが原因で過去にひと悶着あり、そのときはロイによって否定されたが。
でも、まさか――?
よくない想像に思い至り、ハボックは慌ててロイの両肩を掴んで揺さぶる。
「ちょ、大佐!まさかあんた、まだ未練があるとか言いませんよね?」
「あるわけないだろう?会いたいとは思うが」
「……は?会いたい?」
ヒューズはすぐここにいる。
ぽかんとするハボックに構わず、ロイは窓の外に目をやった。
「ああ。最近お会いしていないな……」
「……大佐、大佐」
「ん?」
「思い出に浸ってるとこ悪いんですが――それ、誰か聞いても?」
ごくりと固唾を飲んで見守る親友と部下に内心首を傾げつつ、焔の錬金術師はきょとりとして言った。
「ノックス先生だが」
2.コーヒー ×メモ / ハボロイ(のつもり)+ホークアイ / 100602
チチ、と小鳥の鳴く声がして、マスタングは目を覚ました。
一番最初に目に入ったのは、白く小さな山――のように積まれた書類たち、自分の右手とそれに包まれているペン。
しばらくぼんやりとそれらを見ていたが、次第に覚醒してくると、目を擦って一人ごちる。
「いかん眠ってしまった……」
本来であれば昨夜中に終わらせてしまう予定だったのに。
ペンを握ったまま机で眠るなどまるで仕事人間のようだと自分で笑ってから、立ち上がり、窓を開けて小さく伸びをする。
小鳥の声とさわさわと木々の揺れる音が大きくなり、朝特有の涼やかな風が顔を撫でていく。
一日の始まりを告げるような日差しも、ほぼ徹夜明けの状態では少々厳しいなと思いつつ、目を細めた。
時計を確認すれば、あと数分で通常シフトの勤務が始まる時間だ。
数週間前から、テロ予告が相次いで実務に借り出されていた。
そのごたごたが終結したあとには、その代償と言わんばかりに連なる報告書と書類の数々。
実務とデスクワーク、どちらも仕事だというに片方を頑張ればもう片方も増えるなど納得がいかない、とぼやきに対して「それが仕事ってもんですよ、大佐」と言ったのはブレダ少尉だったか。
おかげでここ数日は、肉体労働専門と常日頃嘯いているハボックを含めてチーム全員がデスクワークに没頭して。
最終的な決済を受け持つマスタングも仮眠室で数時間眠れたら僥倖なほどで、家にも帰っていない。
昨日の夜、ようやくすべての業務に終わりが見えて一足先に部下を帰らせたが。
残りが最初よりかなり少なくなったとはいえ、未だ残る山を見つめて、右手でくしゃりと髪を書き混ぜ苦笑した。
「これでは示しがつかんな」
実際のところ、マスタングの本来の処理スピードをもってしても追いつかなかった書類の山には、あの厳しいホークアイでさえ何か言うことはないのだけれど。
そこでマスタングは、その書類の山の隣で小さく存在を主張しているものに気づいてぱちりと瞬きした。
まだ湯気のたっている、ブラックコーヒー。
彼の部屋にコーヒーを差し入れる人物はごくわずかに限られる。
だが、その中でもこうも堂々と無断で入って、自身の痕跡を残していく人間は、さらに限られていて。
「…………ハボック?」
彼も、他の部下同様昨晩のうちに帰したはずなのに。
思い当たる人物の名前を呟いた瞬間、扉の向こうで規則正しく高い足音が響いた。
ぼんやりとした思考をさえぎられたマスタングが扉へと視線を移すと同時に、コンコン、と控えめなノックとともに足音から予想していた人物が顔をのぞかせる。
彼女は一瞬何かに気を取られた表情を見せたものの、疲れの色は綺麗にとれていて、安心する。やはり早く帰して正解だったようだ。
「――おはようございます大佐。お疲れのところすみません」
「ああ、おはよう中尉」
「本日のスケジュールなのですが……」
「頼む」
「はい」
窓の傍から椅子へと戻り、一日のスケジュールを簡潔に述べていく副官の声を耳にしながら、視線はさきほどのカップへ。
彼はいつ来たのだろう。カップの様子から見るに、ほんの少し前のようだ。
寝ている自分を起こさずに、少しだけ様子を見てから去っていく部下の姿が目に浮かぶようで。
「――1800より次週の公開演習に関する軍議で、本日は終了です」
「わかった。あと少しだけこいつらを片付けたら私も行くよ」
「お願いします。……それと、大佐」
「なんだい?」
「――いえ。その幸せそうな顔を戻されてからおいでくださいね」
誰かさんが過剰に喜びますから、と最後だけプライベートの表情をのぞかせたホークアイは小さく笑って。
パタリ、と執務室の扉が閉じて彼女の姿が消えたとたんに、マスタングは机にずるずると崩れ落ちた。
頭を抱え、前髪の間から見える白いカップにちらりと目をやって。二重の意味で呟く。
「まったく…敵わないな……」
半分徹夜で迎えた朝。
机の上にはそれでも終わらなかった書類たち。
朝から憂鬱になれる要素はこれでもかというほど揃っている。
だけど、その横にあるコーヒーと添えられた小さなチョコレート。それだけで。
こうも暖かな気分になってしまうのはどうしてだろう。
手を伸ばしてつまんだチョコレートをひとかけ口にして、マスタングが自然と浮かべた笑みは幸福な一日を予感させるようだった。
苦いコーヒーには 甘い伝言をのせて?
3.世迷い事 ×反対を押し切って / ハボロイ / 100604
「大佐!結婚しましょう!」
反対を押して押して押しまくって押し切って。
許可してもらおうと思っていた一世一代のプロポーズは、
「いいぞ。いつにする?」
拍子抜けするくらいあっさりとOKがもらえた。
「……え?」
「どうしたハボック?」
「ええと、大佐、俺の言ったこと、分かってます?」
「失敬な。結婚するんだろう?」
「え、あ、はい」
のんびりとソファで新聞を読みながら答える大佐はびっくりするくらい普通だ。
俺が積み重ねてきたシュミレーション上での大佐だったら、これでもかってくらいありえない顔で、「寝言は寝て言え」とか「ふざけるな」とか「世迷い事もいい加減にするんだな」とか……。
「……おまえの中の私はどれだけ人でなしなんだ」
「いや、そうじゃなきゃ大佐じゃないっていうか……どうかしたんですか……?」
「……何故恋人にプロポーズされて、OKを出したら正気を疑われるのかな」
ふい、と顔を逸らして呟いた、その声と横顔に傷ついた色を見つけて、何か考える前に身体が動いた。
両手を伸ばして、抱きしめる。
柔らかな髪が頬に当たる感触に、ああこれが大佐だった、と思いながら想いを込めて。
大佐は素直じゃないけど素直な人だ。
「すみません」
「言葉が違う」
「はい。ありがとうございます、大佐」
「――ん」
俺の腕の中で、ぶっきらぼうに頷いた大佐の耳が少し赤くなっていて。
俺は確信した。
――うん。
これはアレだ。夢だ。
間違いなく俺の都合のいい夢だ。
でも夢でも嬉しすぎるからもう少しこのまま――
「――ック!おいハボック!」
「――え?」
ぱちりと唐突に。
目を開くと呆れた顔の大佐のアップ。
びっくりしたまま固まっていると、大きなため息をつかれた。
「まったく、こんな時にうたた寝とは…器が大きいのか単に鈍いのか分からんなおまえ」
「鈍いんじゃないスか」
「自分で言うな馬鹿犬」
冷静な切り返しに、実感。
「……ああああやっぱり夢か……」
「……どれほどボインの美女とデートしていたのか知らんがさっさと準備しろ」
「はぁ……って美女じゃなくて!大佐の夢ですよ」
夢の中で夢だと気づくと終わってしまうのがお約束。
今回もそれに漏れず目が覚めてしまったらしい。
だからって、もう少し幸せに浸らせてくれてもよかったのになあ……。
「おい、ハボック。早くしろ」
「あ、すいません」
しまった。早く準備しねえと……って。
何の?
「ハボ?」
「あの、大佐。準備って?」
「……まだ寝ぼけてるのかおまえ?」
ぱちん、と両手で頬を挟まれて、しげしげと覗き込まれた。
そこでようやく、大佐の着ているものに目が行く。
彼がさらりと着こなしているのは白のタキシード。白に黒髪と黒い目が映えていて、とても綺麗だ。
そして、俺も――同じ格好。
「だいたいおまえがこの騒ぎの言いだしっぺだろう?早くしないとヒューズが怒る」
「ヒューズ中佐……」
「あのヒューズまで押し負けるとは思わなかった」
しみじみと頷いている大佐の、その顔には悪戯っぽい笑み。
いや、むしろ悪ガキのたくらみ顔。
にやりとした顔まま、頬にあった両手が降りて俺の首元のタイと胸ポケットのハンカチを直す。
「いつまでも手がかかる」
「いやそれあんたに言われたくないんスけど」
「なにを言う。世話をさせてやってるんだろう?」
「……そうっスね」
しれっと言う大佐に苦笑して、座っていた大きなソファから立ち上がった。そして思う。
まだ、夢の続きを見てるんじゃないか?
さっき大佐にされたより強く、気合を入れるみたいにして自分の両頬をばちん、と叩く。
「……痛ぇ……」
「なにしてるんだ」
「いやまだ夢ん中なんじゃないかと思って」
「……世迷いごともいい加減にするんだな」
あきれ返った声に振り向くと、準備万端、といった大佐が開いた扉の前で腕を組んで待っていた。
扉の向こうはまぶしくて見えない。
――ああ、でも。きっとその先はとても明るくてしあわせな。
「ほら、早く行くぞ」
皆が待っている、と腕を引かれ、逆光の中見た大佐の微笑みは、これ以上ないほど透明で柔らかなものだった。
その名残です
お題は全てノイモさまのランダム2×3題からいただいてます
基本ハボロイですが単品とかそうでないのも混じってます
それでもOKな方はどうぞ
1.初恋×注意報 / ハボロイ+ヒューズ / ギャグ(すいませ… / 100601
「なあ少尉!おまえも気になるだろ?ロイの初恋!」
天気のいい東部の昼下がり。
もはや数ヶ月に一度の恒例となりつつある中央からの客人の言葉に、コーヒーを運んできたハボックは口端を持ち上げてふっと笑った。
「はは。今さら大佐の女性遍歴語られても俺は痛くも痒くもありませんが。過去は過去で、今は俺とラブラブですしねー大佐ー?」
「おまえは幸せそうだな」
「確かに幸せですけどどういう意味っスか」
「言葉どおりだが……初恋」
ラブラブ発言をさらりと流してコーヒーを受け取り、ふむ、と考え込んでいる上司兼恋人の姿に、ハボックは小さな焦燥感を覚える。
普段から女たらしの色男で有名な大佐であるからして、初恋のひとつやふたつやみっつ、してきてることくらい分かってはいるが――。
でもなんかそういう初恋とか知る前に遊ぶ方向に走っちゃってそうだしもしかしたら俺が初恋だったら嬉しいなあとか思わなかったこともなくもないこともないわけで……。
後ろ髪を引かれる話題ではあるが、にやにやと笑ってからかう気満々のヒューズから、この話が楽しい話になる予感はこれっぽっちもしない。
本能が鳴らす警鐘に従おうと、ハボックはひとつ頭を振ってから断言した。
「嫌な予感しかしないので遠慮しますっつーか俺は今が幸せならそれでいいんで聞きたくありません。ですからこの話は終わりで!大佐も考えるのやめて!」
「まあまあわんこ。過去は過去、なんだろ?」
「それとこれとは別です!つかあんた何しに来たんスか!?仕事は!」
「有能な俺にかかりゃあんな仕事昨日のうちに終わってるんだよ」
「じゃあ昨日帰れよ……!」
「初恋……あれかな」
はつこいはつこい……と顎に手をやって空を見つめていたロイがぽつりと呟いて、言い合っていた二人の視線が集中した。
「え、あったんスか大佐にまっとうな初恋が」
「……失敬だな貴様」
「え、いや、だって。ほら。……ねえ?」
「分かった。俺だろ、俺」
「んなわけないですから中佐はちょっと黙っててください」
「なんだとお!?」
結局のところ、なんだかんだ言っても想い人の初恋の相手は気になるもので。
でも、かつて好きだった人の話なんて聞くのは複雑で。
聞きたいような聞きたくないようなもやもやした気持ちを抱えているハボックのことなどこれっぽっちも目に入らず、ロイは久しぶりに思い出した過去に思いを馳せる。
そう。あの時の自分はひとりだと思っていた。
「眼鏡をかけていてな」
「……はあ」
ぽつりと呟かれた言葉にハボックは曖昧に頷く。
「頭を撫でてくれる手が好きだった」
「……家庭教師のお姉さんとかですか?」
「髭が似合っていた」
「……はあ……って、ヒゲ?え、男!?」
ていうかそれに該当する人が今ここに一人いるんスけど!
ハボックが横目でちらりとその該当者――ヒューズを伺うと、目を見開いて固まってしまっている。
まさか、といったところだろうか。
それとも別の意味で――?
ハボックは、ロイとヒューズの過去になにがあったかなど知らない。
だが、互いに親友としている二人の絆は当然知っていて、実際、ロイと恋仲になる以前に二人の仲を疑ったことはないとは言えなかった。それが原因で過去にひと悶着あり、そのときはロイによって否定されたが。
でも、まさか――?
よくない想像に思い至り、ハボックは慌ててロイの両肩を掴んで揺さぶる。
「ちょ、大佐!まさかあんた、まだ未練があるとか言いませんよね?」
「あるわけないだろう?会いたいとは思うが」
「……は?会いたい?」
ヒューズはすぐここにいる。
ぽかんとするハボックに構わず、ロイは窓の外に目をやった。
「ああ。最近お会いしていないな……」
「……大佐、大佐」
「ん?」
「思い出に浸ってるとこ悪いんですが――それ、誰か聞いても?」
ごくりと固唾を飲んで見守る親友と部下に内心首を傾げつつ、焔の錬金術師はきょとりとして言った。
「ノックス先生だが」
2.コーヒー ×メモ / ハボロイ(のつもり)+ホークアイ / 100602
チチ、と小鳥の鳴く声がして、マスタングは目を覚ました。
一番最初に目に入ったのは、白く小さな山――のように積まれた書類たち、自分の右手とそれに包まれているペン。
しばらくぼんやりとそれらを見ていたが、次第に覚醒してくると、目を擦って一人ごちる。
「いかん眠ってしまった……」
本来であれば昨夜中に終わらせてしまう予定だったのに。
ペンを握ったまま机で眠るなどまるで仕事人間のようだと自分で笑ってから、立ち上がり、窓を開けて小さく伸びをする。
小鳥の声とさわさわと木々の揺れる音が大きくなり、朝特有の涼やかな風が顔を撫でていく。
一日の始まりを告げるような日差しも、ほぼ徹夜明けの状態では少々厳しいなと思いつつ、目を細めた。
時計を確認すれば、あと数分で通常シフトの勤務が始まる時間だ。
数週間前から、テロ予告が相次いで実務に借り出されていた。
そのごたごたが終結したあとには、その代償と言わんばかりに連なる報告書と書類の数々。
実務とデスクワーク、どちらも仕事だというに片方を頑張ればもう片方も増えるなど納得がいかない、とぼやきに対して「それが仕事ってもんですよ、大佐」と言ったのはブレダ少尉だったか。
おかげでここ数日は、肉体労働専門と常日頃嘯いているハボックを含めてチーム全員がデスクワークに没頭して。
最終的な決済を受け持つマスタングも仮眠室で数時間眠れたら僥倖なほどで、家にも帰っていない。
昨日の夜、ようやくすべての業務に終わりが見えて一足先に部下を帰らせたが。
残りが最初よりかなり少なくなったとはいえ、未だ残る山を見つめて、右手でくしゃりと髪を書き混ぜ苦笑した。
「これでは示しがつかんな」
実際のところ、マスタングの本来の処理スピードをもってしても追いつかなかった書類の山には、あの厳しいホークアイでさえ何か言うことはないのだけれど。
そこでマスタングは、その書類の山の隣で小さく存在を主張しているものに気づいてぱちりと瞬きした。
まだ湯気のたっている、ブラックコーヒー。
彼の部屋にコーヒーを差し入れる人物はごくわずかに限られる。
だが、その中でもこうも堂々と無断で入って、自身の痕跡を残していく人間は、さらに限られていて。
「…………ハボック?」
彼も、他の部下同様昨晩のうちに帰したはずなのに。
思い当たる人物の名前を呟いた瞬間、扉の向こうで規則正しく高い足音が響いた。
ぼんやりとした思考をさえぎられたマスタングが扉へと視線を移すと同時に、コンコン、と控えめなノックとともに足音から予想していた人物が顔をのぞかせる。
彼女は一瞬何かに気を取られた表情を見せたものの、疲れの色は綺麗にとれていて、安心する。やはり早く帰して正解だったようだ。
「――おはようございます大佐。お疲れのところすみません」
「ああ、おはよう中尉」
「本日のスケジュールなのですが……」
「頼む」
「はい」
窓の傍から椅子へと戻り、一日のスケジュールを簡潔に述べていく副官の声を耳にしながら、視線はさきほどのカップへ。
彼はいつ来たのだろう。カップの様子から見るに、ほんの少し前のようだ。
寝ている自分を起こさずに、少しだけ様子を見てから去っていく部下の姿が目に浮かぶようで。
「――1800より次週の公開演習に関する軍議で、本日は終了です」
「わかった。あと少しだけこいつらを片付けたら私も行くよ」
「お願いします。……それと、大佐」
「なんだい?」
「――いえ。その幸せそうな顔を戻されてからおいでくださいね」
誰かさんが過剰に喜びますから、と最後だけプライベートの表情をのぞかせたホークアイは小さく笑って。
パタリ、と執務室の扉が閉じて彼女の姿が消えたとたんに、マスタングは机にずるずると崩れ落ちた。
頭を抱え、前髪の間から見える白いカップにちらりと目をやって。二重の意味で呟く。
「まったく…敵わないな……」
半分徹夜で迎えた朝。
机の上にはそれでも終わらなかった書類たち。
朝から憂鬱になれる要素はこれでもかというほど揃っている。
だけど、その横にあるコーヒーと添えられた小さなチョコレート。それだけで。
こうも暖かな気分になってしまうのはどうしてだろう。
手を伸ばしてつまんだチョコレートをひとかけ口にして、マスタングが自然と浮かべた笑みは幸福な一日を予感させるようだった。
苦いコーヒーには 甘い伝言をのせて?
3.世迷い事 ×反対を押し切って / ハボロイ / 100604
「大佐!結婚しましょう!」
反対を押して押して押しまくって押し切って。
許可してもらおうと思っていた一世一代のプロポーズは、
「いいぞ。いつにする?」
拍子抜けするくらいあっさりとOKがもらえた。
「……え?」
「どうしたハボック?」
「ええと、大佐、俺の言ったこと、分かってます?」
「失敬な。結婚するんだろう?」
「え、あ、はい」
のんびりとソファで新聞を読みながら答える大佐はびっくりするくらい普通だ。
俺が積み重ねてきたシュミレーション上での大佐だったら、これでもかってくらいありえない顔で、「寝言は寝て言え」とか「ふざけるな」とか「世迷い事もいい加減にするんだな」とか……。
「……おまえの中の私はどれだけ人でなしなんだ」
「いや、そうじゃなきゃ大佐じゃないっていうか……どうかしたんですか……?」
「……何故恋人にプロポーズされて、OKを出したら正気を疑われるのかな」
ふい、と顔を逸らして呟いた、その声と横顔に傷ついた色を見つけて、何か考える前に身体が動いた。
両手を伸ばして、抱きしめる。
柔らかな髪が頬に当たる感触に、ああこれが大佐だった、と思いながら想いを込めて。
大佐は素直じゃないけど素直な人だ。
「すみません」
「言葉が違う」
「はい。ありがとうございます、大佐」
「――ん」
俺の腕の中で、ぶっきらぼうに頷いた大佐の耳が少し赤くなっていて。
俺は確信した。
――うん。
これはアレだ。夢だ。
間違いなく俺の都合のいい夢だ。
でも夢でも嬉しすぎるからもう少しこのまま――
「――ック!おいハボック!」
「――え?」
ぱちりと唐突に。
目を開くと呆れた顔の大佐のアップ。
びっくりしたまま固まっていると、大きなため息をつかれた。
「まったく、こんな時にうたた寝とは…器が大きいのか単に鈍いのか分からんなおまえ」
「鈍いんじゃないスか」
「自分で言うな馬鹿犬」
冷静な切り返しに、実感。
「……ああああやっぱり夢か……」
「……どれほどボインの美女とデートしていたのか知らんがさっさと準備しろ」
「はぁ……って美女じゃなくて!大佐の夢ですよ」
夢の中で夢だと気づくと終わってしまうのがお約束。
今回もそれに漏れず目が覚めてしまったらしい。
だからって、もう少し幸せに浸らせてくれてもよかったのになあ……。
「おい、ハボック。早くしろ」
「あ、すいません」
しまった。早く準備しねえと……って。
何の?
「ハボ?」
「あの、大佐。準備って?」
「……まだ寝ぼけてるのかおまえ?」
ぱちん、と両手で頬を挟まれて、しげしげと覗き込まれた。
そこでようやく、大佐の着ているものに目が行く。
彼がさらりと着こなしているのは白のタキシード。白に黒髪と黒い目が映えていて、とても綺麗だ。
そして、俺も――同じ格好。
「だいたいおまえがこの騒ぎの言いだしっぺだろう?早くしないとヒューズが怒る」
「ヒューズ中佐……」
「あのヒューズまで押し負けるとは思わなかった」
しみじみと頷いている大佐の、その顔には悪戯っぽい笑み。
いや、むしろ悪ガキのたくらみ顔。
にやりとした顔まま、頬にあった両手が降りて俺の首元のタイと胸ポケットのハンカチを直す。
「いつまでも手がかかる」
「いやそれあんたに言われたくないんスけど」
「なにを言う。世話をさせてやってるんだろう?」
「……そうっスね」
しれっと言う大佐に苦笑して、座っていた大きなソファから立ち上がった。そして思う。
まだ、夢の続きを見てるんじゃないか?
さっき大佐にされたより強く、気合を入れるみたいにして自分の両頬をばちん、と叩く。
「……痛ぇ……」
「なにしてるんだ」
「いやまだ夢ん中なんじゃないかと思って」
「……世迷いごともいい加減にするんだな」
あきれ返った声に振り向くと、準備万端、といった大佐が開いた扉の前で腕を組んで待っていた。
扉の向こうはまぶしくて見えない。
――ああ、でも。きっとその先はとても明るくてしあわせな。
「ほら、早く行くぞ」
皆が待っている、と腕を引かれ、逆光の中見た大佐の微笑みは、これ以上ないほど透明で柔らかなものだった。
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