忍者ブログ
鋼の錬金術師テキストブログ。所謂「女性向け」という言葉をご存じない方、嫌悪感を持たれる方はご遠慮ください。現状ほぼ休止中。
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。


※いろいろ無理設定&箱入り天然大佐ですご注意





もともと、目立つことには慣れている。
なんといっても自分の護衛対象はかの内乱で英雄と称された人で、この東方はもちろん中央でも知らぬものがいないと言われるほどに有名な焔の錬金術師。

中央だろうが地方だろうが、常に彼の傍についていればさまざまな感情がこめられた視線がとんでくる。
それは噂の人物を一目見たいという単純な好奇心であったり、有能な指揮官に対する尊敬や羨望のまなざしだったり、あるいは順調に出世コースを走るエリートへ向けられる妬みや嫉みだったり、彼の端正な造作に見惚れるものだったり――まあとにかくいろいろだ。
もちろんそんな彼についている護衛、彼の部下として自分が注目されることも往々にしてあることで、今さらそんなものに動揺したりするようなか細い神経は持ち合わせていない。


それでもこの目立ち方は予想外だ。


背中にちくちくと刺さる気配は明らかに大勢のもの。
彼に向けられる視線に常に注意を払うべき身は、この視線がどういう種のものかもなんとなく分かる。
この世で見たこともない珍獣が人々の目の前に現れたらこういう視線を浴びるのだろうかとハボックは他人事のように思った。
おそらく善意――嫌がらせという可能性もまだ消してはいないが――で、何故か意気揚々と作業している隣の人物を見やる。

「よし、次はこれだ」
「あのですね……大佐」
「なんだ」
「非常に申しあげにくいんですけど」
「かまわん。言え」
「ものすっっっっ…ごく目立ってます、俺たち」

言われてロイがあたりを見渡せば、それまで二人に集中していた視線がババッと逸らされた。
それだけでなく、さーっと蜘蛛の子を散らすように席を立っていく周囲に首を傾げる。

「……なぜだ?」
「あのねえ……」

まったくもって分かっていないらしい上司に対して、明日……いや、数分後には司令部内で知らぬものがいないほど盛大な噂になっているだろうことが目に見えてハボックは溜め息をついた。
ロイはしばらく黒い瞳に疑問を乗せてそんな部下を見ていたが、答えをくれないとわかると、再び目の前の作業に戻った。
トマトに器用にフォークを刺して、突き出す。

「ほら、口を開けろ」
「だから、自分でできますって!」
「その手でできるわけないだろう!」

ぐいぐいとわりと容赦なく口元にトマトを押し付けられて、両手を真っ白い包帯で覆われたハボックは昨日の己を恨んだ。




昨日、いったい何があったのか――二人を除いた、食堂にいる全ての人間の疑問だろう。
一言でいえば一言でいえる。
護衛中に、ハボックが両の手のひらを負傷したのだ。
怪我自体はたいしたことのない部類に入るものだったが、全治一週間と診断された。
診断されて戻ってきたハボックを出迎えたのは、妙に思いつめた顔をした上司と、どこか諦めの溜め息を零すその副官。
結局のところ、どこまでも部下には甘いのだ、この上司は。

自分の負傷に、幾ばくかの責任を感じてしまっているらしい、ということは分かる。
わかっちゃいるけど――。



――だからっていくらなんでもこれはないだろう。



ハボックの頭はさっきから同じところをぐるぐるしている。
いくら焔の錬金術師の突飛な行動に対して耐性がある東方司令部でも、怪我した部下――しかも男だ――に手ずから食事を与えていたら、そりゃあ目立つ。大佐じゃなくても目立つ。いや大佐だからなおさら目立つ。

「大佐。分かってると思いますが怪我は俺のミスです」
「――そうだな。それがどうした?」
「……いやどうしたってあんた……」

困って言いよどむと、きょとんとしていた上司はむう、とふくれた。29歳の男がしちゃダメだろうというその表情も、ロイにかかれば似合っているというかかわいいというかまだ粘っている周囲が騒ぎ立ててうるさいというか。ハボックは後できっちり釘を刺しておくためにさりげなく視線を滑らせて周囲の顔をしっかり記憶した。これももはや彼の護衛官としての習い性だ。

「この私が手伝ってやってるのに、何が不満だ」
「大有りっスよ。何が悲しくて上官の、それも、男に。食べさせられないといけないんスか。美人の看護婦さんが食べさせてくれるってんなら俺も喜んで食べますけど」

ボインだったらなおよし、というハボックをロイは鼻で笑い飛ばした。

「残念だったな。手が使えなくとも演習の指示はできるし書類の整理だってできる。いざとなったら銃も撃てるな。きびきび働け」
「どこの鬼軍曹ですか」
「大佐だ、馬鹿者」

大体私だって自分よりデカイ男に好き好んでこんなことをする趣味はないぞとぼやいている。
そのわりには随分楽しそうに見えるが。
彼の上司の趣味に「ハボック苛め」があることを知らない部下は、はああああ、とこれ見よがしに溜め息をついて、一番気になっていたことを尋ねてみた。

「たいさー」
「語尾をのばすな」
「これ、わざとですか?」
「何がだ?」
「あんた、分かってやってるわけじゃないんですよね?」
「だから、何がだ?」

嫌がらせなのか純粋な手伝いなのか、はたまた遠まわしなお誘いか――思い浮かべてまずありえねえと真っ先に削除した3番目の確認をしている自分はなんだか不毛すぎる。
――この状況がそれほど嫌だと思ってない自分も含めて。

「もういいです。手伝ってくれてアリガトウゴザイマス大佐。あとは自分で食べますんで」
「だからその手では――」
「固定すりゃなんとでもなります」
「だがそれじゃ食べにくいだろう?」
「いや大丈夫ですって」

固辞していると、ロイはますます不機嫌を募らせていく。

「この私が介護してやってるんだから、おまえは大人しく受けていればいいんだ!」
「かい……どこのじーさんですか俺は!必要ありませんてば!」
「怪我人にはこうするのが普通だろう!」
「………………」

ハボックはふいを突かれて沈黙した。
静かになった部下に論破したと思ったらしいロイは次の料理を差し出す。

「ほら、あんまり悠長に食べていると中尉に怒られる」
「あの、大佐。つかぬことをお聞きしますが」
「これを食べたら聞いてやる」
「…………」
ずいと差し出されたフォークの先にあるポテトをやや見つめ、仕方なく口を開いて飲み込む。

「ちゃんと噛んで食べろよ」
「……食べましたよ。過去に利き手を負傷したことが?」
「ん?――ああ、かなり昔にあったな。実験に失敗したんだ」
そして突き出されるにんじん。
されるがままに一口。

「……食事に苦労した?」
「1週間物が握れなくなったからな。まったく使えなかった」
小さくちぎられたパンが放り込まれた。

「……で、介護された?」
「介護じゃなくて看護だがまあそうだ。なあおまえ、さっきから何が聞きたいんだ?」
もうひとかけらパンを。
「……介護って言ったのはあんたでしょうが。あんたの中の常識確認です。で、手伝ってくれたのは?」
「ヒューズ」
「――あンのヒゲ眼鏡……」

予想通り登場した人物にハボックの口から低い唸りが漏れた。
嬉々としてロイに食事をさせる彼の親友と、それになんの疑いもなく食事をしているロイが容易に想像できる。
どうもあの中央の中佐は、親友を自分の娘と同じ階層にカテゴライズしているように思えてならない。

「――ハボック?」
「……もういいです。役得だと思うことにします」
「は?」

こうなったら中央にいるヒゲへのあてつけにたっぷり介護してもらおうと口を開いたハボックは、フォークを差し出した上官が、


(野良犬を手懐けた気分だ……)


などと思っていたことは知る由もなかった。





そしてこれを耳にしたヒューズが来てもう一騒ぎ


PR

[31] [32] [33] [34] [35] [36] [37] [39] [40] [41] [42
«  Back :   HOME   : Next  »
Information
女性向け二次創作テキストサイト。
版権元とは一切関係ありません
禁・無断転載

管理人 柚 (雑記)

何かありましたら拍手からどうぞ
  レスは雑記にて
TweetsWind
ブログ内検索
忍者ブログ [PR]