鋼の錬金術師テキストブログ。所謂「女性向け」という言葉をご存じない方、嫌悪感を持たれる方はご遠慮ください。現状ほぼ休止中。
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
「……いい度胸だな」
朝から長引くだけ長引いて大して身のない軍議から戻った執務室で、犬が寝ていた。
扉を開いた瞬間目に入ってきた光景に疲れたため息を零し、マスタングはソファで眠る男へと近づいた。
マスタングの戻りを待っている間に、そのまま眠ってしまったらしい。
近ごろは事件が相次ぎ、司令部の面々はもちろん、肉体労働専門のこの部下――ハボックの率いる小隊は昼夜関係なく動き回っていた。
ようやく落ち着いてきたかと思ったところにとどめを刺すように、昨夜も街で小さな騒ぎが頻発。
不運なことに夜勤シフトにあたっていたこの部下は市街を駆けずり回っていたはずで、本来のこの時間であれば仮眠室なり自宅なりで休んでいておかしくない。
その彼がここにいるというのは。
「まったく、今日中の書類など溜め込むからそうなるんだ」
副官が耳にしたら絶対零度の視線が浴びせられること確実、自分をすっかり棚に上げて暢気に眠る部下にぼやく。
これだけ気持ちよさそうに寝られると上司の部屋で眠りこける非礼を咎める気も失せる。
私だって寝たいのに、と恨めしげに睨んでから、マスタングは少し屈んでその手から零れ落ちたらしい書類を拾い、ふと顔を上げて、
視線の先の金色の毛並みに、しばし静止した。
つんとした金の髪は見た目どおり硬いのかと思いきや、意外にも柔らかく指の間をすり抜けていく。
ちょっと日に焼けて色あせているが、それが日の光を浴びた時にどんな色をするのかはよく知っている。少し埃っぽいのはついさっきまであちこち移動していたせいだろう。
さらさらというよりも、ふわふわしたソレの感触をマスタングが楽しんでいると、階級を呼ばれた。
仕方なく視線を向けると、困っているような喜んでいるような、なんとも複雑怪奇な顔をした垂れ目の犬。
「なんだ?」
「それはこっちの台詞で。……あんた、何してるんです?」
「分からないか?」
「……はあ」
「お前の髪を触っている」
「……あいにく俺の頭ではさっぱり分からないんで教えていただきたいんですが、なんでまた」
金色の髪を弄る右手はそのまま、視線を手元の書類に落として会話だけが続く。
「私が退屈で仕方ない軍議からようやく解放されて戻ってきたら、人の部屋で暢気に寝ていた犬がいたんで、つい」
「……あー、すんません。待ってたんスけど、ちょっと限界だったみたいで」
「構わんさ。――サインが必要なものはこれだけか?」
「はい」
「こっちはブレダ少尉に渡しておくから、おまえはさっさと寝て来い」
「アイサー」
そこでようやく頭から離した手をひらひら振ると、本当に限界だったのだろう、部下は素直にソファから立ち上がって執務室から出て行く。
残された上司はしばらく時間をかけて書類にサインをし終えると、ぼんやりと自分の右の手のひらを見た。
「……あの、大佐」
「なんだ?」
「俺が夢見てたんじゃなけりゃさっきも同じようなこと聞いた気がするんですけどね。あんた、何してるんです?」
「さっきも同じようなことを言った気がするが、お前の髪を触っている」
「はあ……」
垂れた青い目はまだぼんやりとして眠そうだ。
少し伸びた前髪を一房引っ張るが、反応がない。
と思ったら、次の瞬間寝ていたベッドからがばりと身を起こした。
傍の椅子に腰掛けて手を伸ばしていたマスタングは、手の中の感触が消えて顔を顰めた。
「おい、いきなり動くな」
「あ、すいませ…じゃなくてあんた、仕事は!?今何時ですか!」
「今は昼すぎだな。――私にだってたまには休息が必要だと思わないか?」
「あんたのたまには毎日でしょうが……!」
「急ぎのものは片付けてきたぞ?」
離れてしまった金色にまた手を伸ばしてするりと指に絡めて遊ぶと、ちょっとずつ距離ができていく。本気で困って逃げる部下が妙に楽しくて、こんなことならもっと早いうちから触っておくんだったと呟くと、勘弁してくださいと弱りきった声が返ってきてますます笑えてくる。
「ハボック。待てだ」
「…………俺は犬ですか…………」
「分かっているならおとなしくしろ。しかしおまえ、手触りいいなぁ」
手のひらのふわふわが気持ちよくて目を細める。
ハボックは、ああと真面目くさった表情になった。
「アニマルセラピー?」
「近いかもしれない」
「ブラハは?今日はいないんスか?」
「さあ?」
首を傾げる。ハボックはアニマルセラピーで中尉の忠実な犬を思い出したようだが、マスタングが今触りたいのは、目の前にいる彼の犬だった。
「大佐、動物好きなのに動物からは嫌われますもんねえ」
「うるさい。犬は黙って触られていろ」
「へーい……ていうか大佐、寝ぼけてますよね?」
「寝ぼけてない。そもそも私は寝ていない」
「じゃああんた眠いんだ。ねえ、そうでしょう?」
まだどこか困ったように答えを求めてくるハボックに、マスタングはさらに首を傾げた。
私が正気でこいつの髪を触っていたらおかしい、のだろうか。
「……おかしい、かな」
「大佐?」
「いや。今日は天気がいいな」
「は?」
晴れ上がった空と同じ色の目が少し丸くなって、満足する。
そのとき、わん、と窓の外から犬の声と野太い悲鳴が聞こえて、身を起こしていたハボックが身体を窓――マスタングの方へと向けて呟いた。
「あ、ブラハ……とブレダ」
「…………」
「それで、あんたはなんでこんなことしてるんですか?」
近くなった距離から真っ直ぐ見つめてくる青に、自分でも知らぬうちに小さく息を呑んでいたけれど。
「……退屈だからだ」
「退屈だからですか」
「ああ」
それ以上の理由はないのだ、と半ば言い聞かせるようにして言った自分には、気づかないふりをした。
暖かな陽の光が窓からあたりに降り注いでいた。
どちらに対しても、頭を撫でる、というシチュエーションが好きらしいと書き終えて気づきました
タイトルはbe in love with flowerさま
朝から長引くだけ長引いて大して身のない軍議から戻った執務室で、犬が寝ていた。
扉を開いた瞬間目に入ってきた光景に疲れたため息を零し、マスタングはソファで眠る男へと近づいた。
マスタングの戻りを待っている間に、そのまま眠ってしまったらしい。
近ごろは事件が相次ぎ、司令部の面々はもちろん、肉体労働専門のこの部下――ハボックの率いる小隊は昼夜関係なく動き回っていた。
ようやく落ち着いてきたかと思ったところにとどめを刺すように、昨夜も街で小さな騒ぎが頻発。
不運なことに夜勤シフトにあたっていたこの部下は市街を駆けずり回っていたはずで、本来のこの時間であれば仮眠室なり自宅なりで休んでいておかしくない。
その彼がここにいるというのは。
「まったく、今日中の書類など溜め込むからそうなるんだ」
副官が耳にしたら絶対零度の視線が浴びせられること確実、自分をすっかり棚に上げて暢気に眠る部下にぼやく。
これだけ気持ちよさそうに寝られると上司の部屋で眠りこける非礼を咎める気も失せる。
私だって寝たいのに、と恨めしげに睨んでから、マスタングは少し屈んでその手から零れ落ちたらしい書類を拾い、ふと顔を上げて、
視線の先の金色の毛並みに、しばし静止した。
つんとした金の髪は見た目どおり硬いのかと思いきや、意外にも柔らかく指の間をすり抜けていく。
ちょっと日に焼けて色あせているが、それが日の光を浴びた時にどんな色をするのかはよく知っている。少し埃っぽいのはついさっきまであちこち移動していたせいだろう。
さらさらというよりも、ふわふわしたソレの感触をマスタングが楽しんでいると、階級を呼ばれた。
仕方なく視線を向けると、困っているような喜んでいるような、なんとも複雑怪奇な顔をした垂れ目の犬。
「なんだ?」
「それはこっちの台詞で。……あんた、何してるんです?」
「分からないか?」
「……はあ」
「お前の髪を触っている」
「……あいにく俺の頭ではさっぱり分からないんで教えていただきたいんですが、なんでまた」
金色の髪を弄る右手はそのまま、視線を手元の書類に落として会話だけが続く。
「私が退屈で仕方ない軍議からようやく解放されて戻ってきたら、人の部屋で暢気に寝ていた犬がいたんで、つい」
「……あー、すんません。待ってたんスけど、ちょっと限界だったみたいで」
「構わんさ。――サインが必要なものはこれだけか?」
「はい」
「こっちはブレダ少尉に渡しておくから、おまえはさっさと寝て来い」
「アイサー」
そこでようやく頭から離した手をひらひら振ると、本当に限界だったのだろう、部下は素直にソファから立ち上がって執務室から出て行く。
残された上司はしばらく時間をかけて書類にサインをし終えると、ぼんやりと自分の右の手のひらを見た。
「……あの、大佐」
「なんだ?」
「俺が夢見てたんじゃなけりゃさっきも同じようなこと聞いた気がするんですけどね。あんた、何してるんです?」
「さっきも同じようなことを言った気がするが、お前の髪を触っている」
「はあ……」
垂れた青い目はまだぼんやりとして眠そうだ。
少し伸びた前髪を一房引っ張るが、反応がない。
と思ったら、次の瞬間寝ていたベッドからがばりと身を起こした。
傍の椅子に腰掛けて手を伸ばしていたマスタングは、手の中の感触が消えて顔を顰めた。
「おい、いきなり動くな」
「あ、すいませ…じゃなくてあんた、仕事は!?今何時ですか!」
「今は昼すぎだな。――私にだってたまには休息が必要だと思わないか?」
「あんたのたまには毎日でしょうが……!」
「急ぎのものは片付けてきたぞ?」
離れてしまった金色にまた手を伸ばしてするりと指に絡めて遊ぶと、ちょっとずつ距離ができていく。本気で困って逃げる部下が妙に楽しくて、こんなことならもっと早いうちから触っておくんだったと呟くと、勘弁してくださいと弱りきった声が返ってきてますます笑えてくる。
「ハボック。待てだ」
「…………俺は犬ですか…………」
「分かっているならおとなしくしろ。しかしおまえ、手触りいいなぁ」
手のひらのふわふわが気持ちよくて目を細める。
ハボックは、ああと真面目くさった表情になった。
「アニマルセラピー?」
「近いかもしれない」
「ブラハは?今日はいないんスか?」
「さあ?」
首を傾げる。ハボックはアニマルセラピーで中尉の忠実な犬を思い出したようだが、マスタングが今触りたいのは、目の前にいる彼の犬だった。
「大佐、動物好きなのに動物からは嫌われますもんねえ」
「うるさい。犬は黙って触られていろ」
「へーい……ていうか大佐、寝ぼけてますよね?」
「寝ぼけてない。そもそも私は寝ていない」
「じゃああんた眠いんだ。ねえ、そうでしょう?」
まだどこか困ったように答えを求めてくるハボックに、マスタングはさらに首を傾げた。
私が正気でこいつの髪を触っていたらおかしい、のだろうか。
「……おかしい、かな」
「大佐?」
「いや。今日は天気がいいな」
「は?」
晴れ上がった空と同じ色の目が少し丸くなって、満足する。
そのとき、わん、と窓の外から犬の声と野太い悲鳴が聞こえて、身を起こしていたハボックが身体を窓――マスタングの方へと向けて呟いた。
「あ、ブラハ……とブレダ」
「…………」
「それで、あんたはなんでこんなことしてるんですか?」
近くなった距離から真っ直ぐ見つめてくる青に、自分でも知らぬうちに小さく息を呑んでいたけれど。
「……退屈だからだ」
「退屈だからですか」
「ああ」
それ以上の理由はないのだ、と半ば言い聞かせるようにして言った自分には、気づかないふりをした。
暖かな陽の光が窓からあたりに降り注いでいた。
どちらに対しても、頭を撫でる、というシチュエーションが好きらしいと書き終えて気づきました
タイトルはbe in love with flowerさま
PR
ブログ内検索
アクセス解析