鋼の錬金術師テキストブログ。所謂「女性向け」という言葉をご存じない方、嫌悪感を持たれる方はご遠慮ください。現状ほぼ休止中。
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side.H
石畳の通りのオープンテラスのカフェ。
カプチーノひとつ、と傍のウェイターに柔らかな笑みを添えて、手にした新聞を広げる。
その辺の男がやっても単なる一動作にしかならないそれらを、周囲の女性の視線と溜め息を奪うものにしているのは彼の――男から見ても整っていると言うしかない秀麗な容貌と、スマートな所作が大きく影響しているのだろう。
それが彼の被った盛大な猫であると知っているのはごく一部の人間だけで、そんなごく一部の人間に入っている俺は、少しあたりを見回してから最後の煙を天へと吹きかけ、煙草を消した。
ぶらぶらと気のない様子で近づいていくと、こちらに気づいてきれいな形をした眉が歪む。
唇からこぼれるのはいつもの憎まれ口だ。
「休みの日まで部下の顔を見るはめになるとは、今日はついてないな」
「それはこっちの台詞ですよ。……もしかして、一人ですか?」
「せっかくの休みくらい、私の好きにしたっていいだろう」
つい、と視線を逸らすのは少しバツが悪いからで。
この人は、普段はもうその肩書き以上の存在感を発揮して毎度毎度わいてくるテロリストどもをぶちのめしているわけだが、その気になればまったくといっていいほどその存在感を掻き消すことができるという能力を持っている。
しかも、主にその能力が発揮されるのは司令部で、泣くのはいつの間にか大佐の捜索担当になっている俺だ。
だからといって、大佐官、しかも東方司令部の実質司令官に一人で街をふらつかれたら問題だ。
「中尉に怒られますよ」
「おまえが黙っていればわからんさ。……私は座れといった覚えはないが」
向かいの椅子に落ち着くと、器用に片眉だけを跳ね上げて睨まれた。
「送ります」
「いらん」
「あんたの行きたいところに行ってからでいいですから。あ、コーヒーひとつ」
「マドレーヌも頼むよ。……ここがおまえの奢りなら考えてもいいかな」
ウェイターには愛想良く、にこりと笑みのおまけまでつけて、俺には少々意地の悪い笑みでそんなことを言う。
「あんたねえ……」
「なんだ?これくらい払う余裕もないようでは女性に幻滅されるぞ」
「あんた俺の彼女じゃないでしょうが」
「上司ではある」
「そこは普通、いつも苦労している部下に上司が奢るところだと思うんですがね?」
至極まっとうな正論を吐くと、普通じゃない上司は面白くなさそうに口を尖らせた。
「なんスか」
「可愛くない」
「……俺にそんなもん求めんでくださいよ……」
本気で言っているのが分かるので、どうしようもない。
自分よりデカイゴツイ軍人の、しかも男に向かっていうことじゃないだろう。
まあ、大佐の場合、俺のことを部下というより犬と認識しているらしい。最近分かってきたことだ。
つまりアレだ、中尉の愛犬ブラックハヤテ号と似たようなもんってことだ。
それならまあ、俺に「可愛さ」を求める大佐の気持ちも…いや、やっぱりわからない。
――結論。俺の頭ごときでこの人の思考を読み取ろうなんて不可能である。
「つーか、読めるヤツなんていないだろ……」
「ん?」
「いや、何でもないっス。今日はどこへ?」
「西地区の古書店街と図書館に行こうかと思っていたんだが」
そして告げられた場所に、俺ははあ、と気の抜けた声しか出せない。
この人が活字中毒の書痴なのはよく知っているが、自分だったら候補にも挙がらないコースである。
「嫌なら――」
「お供しますよ」
最後まで言わせずに言うと、やっぱりつまらなさそうな顔をして「可愛くない」と貶された。
「だいたい、休みの日にまで上官の予定につきあうことはないだろう」
「好きでやってるんで、気にせんでください」
この人以外の上官なら、貴重な休みの日までつきあうのなんてまっぴらごめんだが。
今此処で別れたとしても無事に帰ったかどうか、変な輩に狙われていないかと――焔の錬金術師相手には無用なものだとしても――心配してしまう自分も目に見えているので、ある意味俺のためでもある。
そんな意味も込めて言ったのに、返ってきたのは三度目の、「可愛くない」。
「……あの、あんた、可愛い俺が見たいんスか」
「そう言われると悩むところだが」
どうだろうか、と本気で考え込み出した大佐がふと顔を上げ、
「――お待たせしました」
ある意味非常に絶妙なタイミングでウェイターの声が割り入って、言いかけた言葉を飲み込むのが見えた。
皿が置かれている間、なんとなく二人して空気をもてあます。
ウェイターが去った後もそれが少し続いて。
まじまじと自分の目の前に出された洋菓子と、なぜか俺を見比べていた大佐が、唐突に言った。
「――悪くない」
「大佐?」
その評価を受けるかもしれないマドレーヌもカプチーノも手付かずで首を傾げる。
あんたまだソレ食べてませんよ?言うと、そうじゃない、と面白そうに笑った。
「目の前に、カプチーノと、マドレーヌと、可愛くない私の部下」
いつもの皮肉げな笑みでもなく、心底楽しそうな笑みで。
「こんな休日も、悪くないな」
そんなことを言うもんだから。
「あんたねえ……」
「ん?」
何かおかしなことを言ったかと不思議そうに小首を傾げる人に、
俺はいつだって全面降伏するしかないのだ。
そんなあんただから、俺は。
>>side:R (数ヵ月後)
title:群青三メートル手前 様
石畳の通りのオープンテラスのカフェ。
カプチーノひとつ、と傍のウェイターに柔らかな笑みを添えて、手にした新聞を広げる。
その辺の男がやっても単なる一動作にしかならないそれらを、周囲の女性の視線と溜め息を奪うものにしているのは彼の――男から見ても整っていると言うしかない秀麗な容貌と、スマートな所作が大きく影響しているのだろう。
それが彼の被った盛大な猫であると知っているのはごく一部の人間だけで、そんなごく一部の人間に入っている俺は、少しあたりを見回してから最後の煙を天へと吹きかけ、煙草を消した。
ぶらぶらと気のない様子で近づいていくと、こちらに気づいてきれいな形をした眉が歪む。
唇からこぼれるのはいつもの憎まれ口だ。
「休みの日まで部下の顔を見るはめになるとは、今日はついてないな」
「それはこっちの台詞ですよ。……もしかして、一人ですか?」
「せっかくの休みくらい、私の好きにしたっていいだろう」
つい、と視線を逸らすのは少しバツが悪いからで。
この人は、普段はもうその肩書き以上の存在感を発揮して毎度毎度わいてくるテロリストどもをぶちのめしているわけだが、その気になればまったくといっていいほどその存在感を掻き消すことができるという能力を持っている。
しかも、主にその能力が発揮されるのは司令部で、泣くのはいつの間にか大佐の捜索担当になっている俺だ。
だからといって、大佐官、しかも東方司令部の実質司令官に一人で街をふらつかれたら問題だ。
「中尉に怒られますよ」
「おまえが黙っていればわからんさ。……私は座れといった覚えはないが」
向かいの椅子に落ち着くと、器用に片眉だけを跳ね上げて睨まれた。
「送ります」
「いらん」
「あんたの行きたいところに行ってからでいいですから。あ、コーヒーひとつ」
「マドレーヌも頼むよ。……ここがおまえの奢りなら考えてもいいかな」
ウェイターには愛想良く、にこりと笑みのおまけまでつけて、俺には少々意地の悪い笑みでそんなことを言う。
「あんたねえ……」
「なんだ?これくらい払う余裕もないようでは女性に幻滅されるぞ」
「あんた俺の彼女じゃないでしょうが」
「上司ではある」
「そこは普通、いつも苦労している部下に上司が奢るところだと思うんですがね?」
至極まっとうな正論を吐くと、普通じゃない上司は面白くなさそうに口を尖らせた。
「なんスか」
「可愛くない」
「……俺にそんなもん求めんでくださいよ……」
本気で言っているのが分かるので、どうしようもない。
自分よりデカイゴツイ軍人の、しかも男に向かっていうことじゃないだろう。
まあ、大佐の場合、俺のことを部下というより犬と認識しているらしい。最近分かってきたことだ。
つまりアレだ、中尉の愛犬ブラックハヤテ号と似たようなもんってことだ。
それならまあ、俺に「可愛さ」を求める大佐の気持ちも…いや、やっぱりわからない。
――結論。俺の頭ごときでこの人の思考を読み取ろうなんて不可能である。
「つーか、読めるヤツなんていないだろ……」
「ん?」
「いや、何でもないっス。今日はどこへ?」
「西地区の古書店街と図書館に行こうかと思っていたんだが」
そして告げられた場所に、俺ははあ、と気の抜けた声しか出せない。
この人が活字中毒の書痴なのはよく知っているが、自分だったら候補にも挙がらないコースである。
「嫌なら――」
「お供しますよ」
最後まで言わせずに言うと、やっぱりつまらなさそうな顔をして「可愛くない」と貶された。
「だいたい、休みの日にまで上官の予定につきあうことはないだろう」
「好きでやってるんで、気にせんでください」
この人以外の上官なら、貴重な休みの日までつきあうのなんてまっぴらごめんだが。
今此処で別れたとしても無事に帰ったかどうか、変な輩に狙われていないかと――焔の錬金術師相手には無用なものだとしても――心配してしまう自分も目に見えているので、ある意味俺のためでもある。
そんな意味も込めて言ったのに、返ってきたのは三度目の、「可愛くない」。
「……あの、あんた、可愛い俺が見たいんスか」
「そう言われると悩むところだが」
どうだろうか、と本気で考え込み出した大佐がふと顔を上げ、
「――お待たせしました」
ある意味非常に絶妙なタイミングでウェイターの声が割り入って、言いかけた言葉を飲み込むのが見えた。
皿が置かれている間、なんとなく二人して空気をもてあます。
ウェイターが去った後もそれが少し続いて。
まじまじと自分の目の前に出された洋菓子と、なぜか俺を見比べていた大佐が、唐突に言った。
「――悪くない」
「大佐?」
その評価を受けるかもしれないマドレーヌもカプチーノも手付かずで首を傾げる。
あんたまだソレ食べてませんよ?言うと、そうじゃない、と面白そうに笑った。
「目の前に、カプチーノと、マドレーヌと、可愛くない私の部下」
いつもの皮肉げな笑みでもなく、心底楽しそうな笑みで。
「こんな休日も、悪くないな」
そんなことを言うもんだから。
「あんたねえ……」
「ん?」
何かおかしなことを言ったかと不思議そうに小首を傾げる人に、
俺はいつだって全面降伏するしかないのだ。
そんなあんただから、俺は。
>>side:R (数ヵ月後)
title:群青三メートル手前 様
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