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鋼の錬金術師テキストブログ。所謂「女性向け」という言葉をご存じない方、嫌悪感を持たれる方はご遠慮ください。現状ほぼ休止中。
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「なんでこうなってんですかね……?」
「なんだ。チーズケーキは嫌いだったか?」
「いやそんなことは。……ってそういうことじゃありません」
「私が奢ってやると言ってるんだから素直に受け取っておけ」
「そういうことでもなくってですね……」

どうやっても噛み合いそうにない会話に、ハボックは嘆息した。
いつもの的確な命令と違ってどこかピントのずれた返事は、貴重な休日に何故職場の上司とカフェで向き合っているのかという答えにはなっていない。

「あんた、せっかく休みなんだからいつもみたいにデートしてりゃいいじゃないっスか」

男の部下をわざわざ連れ出すよりもよっぽど有意義だろうとぼやくと、マスタングはクリームのたっぷりのったショートケーキの最後の一切れを食べきってからこう言った。

「私だって、たまには女性と過ごさずに一人でゆっくりしたい時もあるさ。――すまないお嬢さん、オレンジタルトをひとつ追加で」
「単に甘いものを腹いっぱい食べたいだけでしょうが」

この上司が意外に甘いものを好むことを知る人間は、実は少ない。
特段隠しているというわけでもなかったのだが、「焔の錬金術師 ロイ・マスタング大佐」のイメージなのか何なのか、街の人々はもちろん、軍の人間まで彼は「甘いものが苦手」だと思い込んでいる。
彼は(主に女性の)そんなイメージをぶち壊すのも忍びないということで、あまり外では食べずに直属の部下――大抵外勤の多いハボックその人であるが――の買ってきたものを執務室で楽しむ、というのが日常になっていた。
逆に、毎日のようにケーキだのシュークリームだのを買って司令部へ戻るハボックに甘党の称号が与えられていたりするのだが――まあこれは余談である。
で、なぜ今日はこんな衆目の集まるところでひたすらケーキを食べているのかというと。

「今日はおまえが振られた残念会だからな。私は甘いもの好きのおまえのヤケ食いにつきあっているんだ」
だからいくらケーキを食べていても不自然ではない!――というのがこの人の主張のようである。
「いやおかしいですって」

振られてヤケ酒ならともかく、ヤケケーキって。年頃の女の子じゃあるまいし。明らかに大佐の方が食べている量が多いし。
ないないと手を振りつつ、そういや最近は忙しくて甘いもの食う暇もなかったからなあ……と思い返す。久しぶりの休みに部下の男を呼び出してケーキを食べるくらいには甘いものに飢えていたらしい。スマートなデートを好むマスタング大佐のこの食べっぷりは、確かに普段のデート相手の女性たちには見せられそうにない。
メニューを全て制覇しそうな勢いで目の前のケーキを減らしていく姿はいっそ清清しく、ハボックは見ているだけで甘ったるい気分になってフォークを置いた。

「もういいのか?」
「あんた見てたら腹いっぱいになりました。これも食います?」
「ああ」

しっとりとした味わいのチーズケーキ――一応そこまで甘くないものを選んでくれたらしい――を相手の皿に移すと、それも瞬く間になくなった。外で甘いものを好きなだけ食べるというめったにない機会に、次の注文を迷いながら選んでいく様子はいつもの彼からは想像もつかず、ハボックは新たな上司の一面をおもしろそうに眺める。
そして、こっぴどく振られたというのに大して落ち込んでいない自分に気づき、これも目の前の不器用な彼がしてくれた心遣いのおかげだろうかと思ったら、自然に言葉がこぼれた。

「ありがとうございます、大佐」
「? おまえは私のわがままにつき合わされているんだぞ?」
「俺の残念会って言ったの、大佐じゃないスか」

へらりと笑うと、揚げ足を取られた形になったマスタングはむっとした表情で睨んできた。
気を許した人間にしか見せない表情を素直に出されて、自分でも気づかないうちにハボックは微笑む。
こうして、ゆるゆると彼との距離が縮まっていく感覚は、嫌いじゃない――むしろ、嬉しいと思うのは部下としてこの人に信頼されていると感じるからだろうか。
なんとなくそこまで考え、だがそれだけでもない気がして、ハボックはふと眉を寄せた。

「ハボック?」
「あ、すんません。……そうっスね、お礼に今度、あんたの好きなジンジャー・クッキーでも作ってきますよ」

意識を切り替え、彼の好物を挙げるときょとんとした顔をされた。

「おまえ、料理の他に菓子も作れるのか?」
「まあ、簡単なものでしたら。言ってませんでしたっけ?」
「聞いてない。……だったら今日カフェに来る必要などなかったではないか」
「……あんた、休みの日まで部下をこき使う気ですか」

暗に自分に作らせればよかったと言う上司に呆れたように返して、ぬるくなったコーヒーに口をつける。

「……うん、そうだな、私はガトーショコラがいい」
「また時間のかかるものを……」
「ダメか?」
「いいえ。リクエストにはお応えしますよ」

うきうきとした瞳でリクエストした後で、まずかっただろうかと尋ねてくる相手に、ハボックは文句を言いつつも、悪い気はしない。
そしてまた、彼の前にあるケーキのように、甘ったるくゆるゆると縮まりそうな距離を予感する。

「では、今度はおまえの家でケーキを食べるとしよう」

だから、ふわりと楽しげに笑んだ黒髪の上司に、柄にもなく赤くなってしまったのは仕方ないことだと自分に言い訳した。



とりあえず自分にこんな砂糖まぶした話が書けていることに驚いている。
鈍いハボにもだもだする大佐とか好き。もちろん逆もありで。
タイトルはbe in love with flowerさまの選択式お題より。

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管理人 柚 (雑記)

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