鋼の錬金術師テキストブログ。所謂「女性向け」という言葉をご存じない方、嫌悪感を持たれる方はご遠慮ください。現状ほぼ休止中。
×
[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。
水槽の中の魚が一匹になって暫く。
二匹目も最初の一匹を追うかのように、水槽に浮かんだ。
「水葬しよう」
一匹目を庭の隅に埋めようとした時と同じようにロイが言ったので。
ハボックは一匹目と同じように、もう動かなくなってしまった生命の跡を小さなケースへと閉じ込めた。
「寒くないですか?」
「別に」
細い三日月が浮かぶストリートを、二人で家へと歩く。
人気がないのと、少し冷たい夜風を理由にして。
彼の左手を自分の右手に招いても、振りほどかれることはなかった。
その代わりと言わんばかりに素っ気無い言葉が返ってくる。
「だいたい、金魚が溺れるわけなかろう」
「あの時はなんでかそう思ったんですって」
ハボック自身が振り返っても不思議だが、そのときはほとんど確信を持ってそう思ったのだ。何故だったのかはわからない。
大佐がいじめる、と言えば、小さく笑われた。
「可愛いなおまえは」
「…………」
「……何か言いたまえよ」
「……えっと……目の医者を呼びましょうか」
「馬鹿者」
そうしてまた微笑して。
――ああ、まただ。
最初の金魚がいなくなってから、彼は時折、喉を押さえる仕草をするようになった。
彼自身は気付いてはいない。
金魚がいなくなる直前に見ていた夢――この時も喉に触れていた――に関係しているのだろうか。
だけど、彼が覚えていない夢を自分が知ることなど――叶うわけがない。
繋いだ手が引かれて振り返ると、足を止めたロイがいた。
夜の闇を湛えた瞳は、か弱い光を放つ三日月をぼんやりと見上げている。
ひょいと並んで同じように見上げた。
「あっちまで、届きましたかねえ」
「……なにが」
「金魚ですよ。還したんでしょう?」
暗い土に埋めるより、淡い月光が照らし出す河へ、その先に続く――ハボック自身は見たことがないが――海へと還したら。
月も金魚も寂しくないだろう。
言いながら、三日月から彼へと視線を移すと、いやに真剣な表情をした彼と目があった。
「……ハボック」
「な、なんスか」
「前々から思っていたが――おまえ、台詞がいちいち恥ずかしい」
「は…」
「愛らしい女性が言うならまだしも、大の男がそんなこと言っても気色悪いだけだぞ」
しみじみと――だが、いつもの調子で――ひとつ頷いたロイにハボックは脱力した。
……思い返すと確かに恥ずかしいかもしれないが、そんなに真面目に言わなくても。
「……さっき可愛いって言ったじゃないっスか」
「なんだ、言ってほしかったか?」
「いや、俺としては可愛いよりカッコいいとかが嬉しいんですけど!でもぶっちゃけ大佐の方がカッコいいし」
「…………」
「カッコいい上に可愛いとか、あんた反則ですよね」
「…………」
「大佐?」
「……もういい」
はああああ、とそれはそれは重い溜めと言葉の後に、繋がったままの手を握りなおされ、今度は彼が先に立って歩き出す。
彼の斜め後ろは、いつもの定位置だったけれど。手を繋いでいる分距離が近く、寒い中でもそこだけは暖かく。ハボックの心拍数が上がる要因だ。
彼の心臓が近いせいだろうかと思ったが、また恥ずかしいだの気色悪いだの言われてはかなわないので、口には出さない。
それでも、たぶん、今あるこの妙な緊張感のような、安堵感のような。
恥ずかしいのを承知で言うならば――この、ときめきのようなものは。
ハボックは黙って歩く背中を見つめて、声をかけた。
「たいさー」
「なんだ」
「キスしていいですか」
「……黙って歩け」
「じゃあ家に着いたら」
「…………」
返事はなかったが、彼の首のあたりが夜目にも赤いのを返事ととらえて、ハボックはもういちど空を見上げる。
浮かぶ三日月。
海に還った魚。
捕らえられた白い光。
溺れた――何か。
――この人が溺れるなら、いっそ自分に、と。
希うのは馬鹿げているだろうか。
title:星が水没さまの五題より
2011-4-22
二匹目も最初の一匹を追うかのように、水槽に浮かんだ。
「水葬しよう」
一匹目を庭の隅に埋めようとした時と同じようにロイが言ったので。
ハボックは一匹目と同じように、もう動かなくなってしまった生命の跡を小さなケースへと閉じ込めた。
「寒くないですか?」
「別に」
細い三日月が浮かぶストリートを、二人で家へと歩く。
人気がないのと、少し冷たい夜風を理由にして。
彼の左手を自分の右手に招いても、振りほどかれることはなかった。
その代わりと言わんばかりに素っ気無い言葉が返ってくる。
「だいたい、金魚が溺れるわけなかろう」
「あの時はなんでかそう思ったんですって」
ハボック自身が振り返っても不思議だが、そのときはほとんど確信を持ってそう思ったのだ。何故だったのかはわからない。
大佐がいじめる、と言えば、小さく笑われた。
「可愛いなおまえは」
「…………」
「……何か言いたまえよ」
「……えっと……目の医者を呼びましょうか」
「馬鹿者」
そうしてまた微笑して。
――ああ、まただ。
最初の金魚がいなくなってから、彼は時折、喉を押さえる仕草をするようになった。
彼自身は気付いてはいない。
金魚がいなくなる直前に見ていた夢――この時も喉に触れていた――に関係しているのだろうか。
だけど、彼が覚えていない夢を自分が知ることなど――叶うわけがない。
繋いだ手が引かれて振り返ると、足を止めたロイがいた。
夜の闇を湛えた瞳は、か弱い光を放つ三日月をぼんやりと見上げている。
ひょいと並んで同じように見上げた。
「あっちまで、届きましたかねえ」
「……なにが」
「金魚ですよ。還したんでしょう?」
暗い土に埋めるより、淡い月光が照らし出す河へ、その先に続く――ハボック自身は見たことがないが――海へと還したら。
月も金魚も寂しくないだろう。
言いながら、三日月から彼へと視線を移すと、いやに真剣な表情をした彼と目があった。
「……ハボック」
「な、なんスか」
「前々から思っていたが――おまえ、台詞がいちいち恥ずかしい」
「は…」
「愛らしい女性が言うならまだしも、大の男がそんなこと言っても気色悪いだけだぞ」
しみじみと――だが、いつもの調子で――ひとつ頷いたロイにハボックは脱力した。
……思い返すと確かに恥ずかしいかもしれないが、そんなに真面目に言わなくても。
「……さっき可愛いって言ったじゃないっスか」
「なんだ、言ってほしかったか?」
「いや、俺としては可愛いよりカッコいいとかが嬉しいんですけど!でもぶっちゃけ大佐の方がカッコいいし」
「…………」
「カッコいい上に可愛いとか、あんた反則ですよね」
「…………」
「大佐?」
「……もういい」
はああああ、とそれはそれは重い溜めと言葉の後に、繋がったままの手を握りなおされ、今度は彼が先に立って歩き出す。
彼の斜め後ろは、いつもの定位置だったけれど。手を繋いでいる分距離が近く、寒い中でもそこだけは暖かく。ハボックの心拍数が上がる要因だ。
彼の心臓が近いせいだろうかと思ったが、また恥ずかしいだの気色悪いだの言われてはかなわないので、口には出さない。
それでも、たぶん、今あるこの妙な緊張感のような、安堵感のような。
恥ずかしいのを承知で言うならば――この、ときめきのようなものは。
ハボックは黙って歩く背中を見つめて、声をかけた。
「たいさー」
「なんだ」
「キスしていいですか」
「……黙って歩け」
「じゃあ家に着いたら」
「…………」
返事はなかったが、彼の首のあたりが夜目にも赤いのを返事ととらえて、ハボックはもういちど空を見上げる。
浮かぶ三日月。
海に還った魚。
捕らえられた白い光。
溺れた――何か。
――この人が溺れるなら、いっそ自分に、と。
希うのは馬鹿げているだろうか。
title:星が水没さまの五題より
2011-4-22
PR
ブログ内検索
アクセス解析